第7章 数学4 抽象化とベクトル

要約

数学では抽象化という手法によって概念を一般化し、あまねく普遍的に当てはまる事実関係を導くことができる。実在するコップと水を使って議論を組み立てることもできるが、それらの概念を抽象化し一般化することでより普遍的な関係を導くことができる。抽象的な代数系としては群、体、環、などの様々なものが存在する。群の具体例は人の動作などがある。体の具体例は実数や虚数などがある。ベクトル空間も代数系の一種で、一次独立、一次従属、部分空間、基底、次元などの概念を定義することができ、完全に一般的な代数系としての性質が確かに様々な具体的なベクトルの例に当てはまっていることを紹介する。

目次

7.1 代数系

7.1.1 抽象的に考えるということ

コップと水の理論

数学は物事の一般的な議論を扱う学問であるが、その一般性を生み出す手法の1つに抽象化という概念がある。 ここではなぜ物事を抽象的に考えるのか、抽象的に考えるとどのような利点があるのかについて説明する。 そのためにコップと水を使って、コップと水の理論を作っていく。

まずは、なんでもいいのでコップをいくつか用意する。 そこに水をいくらか入れる。 そうすると、水の入ったコップができあがる。 水はコップからコップへと移し変えることができるとする。 このような状況は実際に作れる。 それではこの状況にある法則について考えていく。

まず分かるのはどんなにコップとコップの間で水を移し変えても、その水をこぼしてしまわない限りは全体の水の量は変わらないということである。 だからコップの中に入っている水の量を全て合計すれば必ず一定になる。 また、一回の移し変えであるコップから減る水の量と別のコップに注がれる水の量は同じになる。 そうでなければ移し変えで全体の水の量が変わってしまう。 コップと水にはこのような重要な性質がある。 この性質があると、論理を利用することで様々な法則を導くことができるのである。

例えば、ここに同じ大きさの2つのコップがあるとする。 その2つのコップにどれくらいかは分からないけど、水がいくらか入っているとする。 そして片方のコップから別のコップに水を移したとする。 そしたら水を移した方のコップが一杯になったとする。 この場合は、始めにどんな量の水が2つのコップの中に入っていたかに関係なく、少なくともどちらかのコップにはコップの半分以上の水が入っていたことが言える。 あらかじめ2つのコップにどんな量の水が入っていたかには関係なく、必ずどちらかのコップには半分以上の水が入っていなくてはいけない。

それを論理的に考えて確かめていく。 まず、両方のコップに調度コップの半分の量の水が入っていれば、片方の水を全部別のコップに移せばコップが一杯になるのが分かる。 半分の量ということは全体の1/2なのだから、2つのコップに入っている水を合わせれば2倍になるのだから1になってつまり一杯になる。 さて、2つの半分の量が入っているコップから少しの量の水を3つ目の空のコップに移したとする。 こうしておいて、2つのコップの水を1つに合わせてみても、あらかじめ水を少し3つ目のコップに移してあるので一杯にはならない。 なぜなら、さきほど3つ目のコップに移しておいた分の水を合わせることで一杯になるのだから、2つのコップの水を合わせただけでは一杯には絶対にならない。 だから、もしも半分の量より少ない量の水しか入ってないコップの水を、どれくらいの量の水が入っているのか分からないコップに注いで一杯になったのなら、そのコップにはあらかじめ半分よりも多くの量の水が入っていたことが分かる。 なので、2つのコップに入っている水の量がどちらも半分より少なかったら、それを合わせても一杯になることはないのだから、どんな量の水が入っているか分からなくても、2つのコップの水を合わせて一杯になるなら必ずどちらか片方のコップには半分以上の水が入っていることになる。

これは逆に考えれば、一杯まで水が入ったコップの水を同じ大きさの空のコップに注いだら、少なくとも片方には半分以上水が入っているコップがあるということを意味する。 なぜなら、コップ一杯分の水をどんな割合で2つのコップに分けても、また1つのコップに水を集めれば一杯に戻るのだから、先ほどの議論から片方のコップには半分以上の水が入っていることが分かるからである。 同じような議論をすれば、一杯分の水をn個の同じ大きさのコップに注いだら、必ず容量の1/n以上の量の水が入っているコップが1つはあることが分かるし、n個の水を1つのコップに注いで一杯になるなら、少なくとも1つは容量の1/n以上の量の水が入っているコップがあることが分かる。

さて、今まで議論してきたことはコップと水に関する議論だった。 実際にコップを用意してそこに水を注いだ時に、どんな場合も絶対に成り立つのが分かるという事実であった。 これだけでは大した話にはならない。 今用意したコップと水だけに当てはまる特殊な事実があるというだけである。 しかし、コップと水を抽象化することで話は一気に重要度を増す。 抽象化によって、具体的なコップと水についてだけ当てはまっていた話が、どんな物にも当てはまるようになるのである。

今はコップと水という形がある物を使って考えているが、重要なのは実際にコップを手に持って動かせることではなく、コップのような容量の決まっている入れ物と水のような複数の容器の間を移し変えても全体の量の変わらない物があればいいのである。 そう考えれば今やったような議論は何もコップと水だけに限らず、何らかの箱とそれに入れる物を考えればどんな物にも同じように当てはまることが分かる。 例えば定員の決まっている教室と生徒、入る個数の決まっている箱とりんご、記録容量の決まっている記録装置とデータなどにも同じ議論が当てはまる。

教室と生徒を例に取って考えると、教室の定員はその教室の中にある机の数で決まる。 机が何個あるかはともかく、同じ数の机を持ついくつかの教室に学生を振り分けることを考える。 さきほどコップと水の議論によって分かったのは、もし1つの教室が満員になっていれば、その学生が自由に教室を行き来するようになって気に入った教室に移っても全体の教室の数がn個なら、教室の定員の1/nの人数の学生が居る教室が最低でも1つはあるということである。 これはコップと水についてやったのと同じような議論をすれば確かに正しいことが分かる。

このように容器とそれに入れる物さえあれば、コップと水で見つけた常に正しい事実は必ず当てはまる。 しかし、それをいちいち教室や箱などの新しい物が出てくる度に議論をやり直して、今の場合も成り立っていることを確かめるのは手間がかかる。 そこで一度確かめておきさえすれば、後はそれを少し応用するだけで議論が終わるようにしておきたい。 そのためにはコップと水を抽象化してしまうのがいい。

コップとは何かというと、水の入れ物である。 水の入れ物というのはある容量があってその容量の範囲内で水を入れておける物のことである。 そして水とはコップとコップの間を行き来する物で、全体の量は行き来の間で変化しない物である。 今の議論で重要な性質はこれだけで、コップの素材が木かガラスか陶器かとか、取っ手がついているかついていないかとか、絵柄がどうとかいう話は全く影響してこない。 コップの中の水を移し変えたり、中にどれくらいの量の水が入っているかだけを議論しているのだからそうなる。 同じように水もそれが軟水なのか硬水なのかとか、色がついているかとか味がついているかとかいう話は全く影響してこない。 コップから別のコップへ注ぐときに消えてなくなったりせずに、始めあった全体の水の量が変化しないことが重要なのである。

コップと水はこのような性質を持っていて、逆に言えばこのような性質を持っている物にならコップと水を使って議論して見つけた事実関係が全てそのまま当てはまることになる。 ここで逆転の発想をして、このような性質を持った物をコップと水と定義すればいいのだと発想を変えてみる。 つまり、ある決まった容量を持った入れ物のことをコップと定義し、コップの間を行き来し、行き来によって合計の量が変化しない物を水と定義するのである。 ここで定義されたコップと水はもはや実際に手にとって見ることのできるコップと水とは直接の関係は無くなる。 だから別にコップとか水とかいう言葉で名前を付ける必要はなくなる。 何か特別な名前を考えて容器Cとか、物体Wとか名前をつけて、ある決まった容量を持った入れ物のことを容器Cと定義し、容器Cの間を行き来し、行き来によって合計の量が変化しない物を物体Wと定義する、と言ってなじみのない専門用語を作ってもいいのだが、それでは言葉の響きがあまり美しくないのでコップと水という言葉を使い続けることにする。 このように抽象的に定義された存在であるコップと水を用意すれば、コップと水の理論とでも呼ぶべき抽象数学を作ることができるようになる。

このように抽象的な意味でコップと水を定義すると、例えば定員の決まった教室はコップだし、生徒は水だということになる。 また、りんごを入れる箱はコップだしりんごは水である。 他にも仕事や遊びのスケジュールを水だと思えば1日は24時間という容量を持ったコップになるし、いくつかの方眼紙にある一定の長さの文章を分けて書くとき、方眼紙はコップになって文字は水になる。 もちろん日常的にみるコップと水も、抽象的に定義したコップと水になる。

この抽象的なコップは容量を持っている。 その容量は数字で表す事ができる。 例えば容量を10とすれば、そこに水が10入るということだし、5とすれば水も5入れることができるということである。 普通水は何リットルとかなどの単位をつけて、どれくらいの量の水があるのかを表す。 しかし今は単位を付ける必要はない。 単に全容量の何分の1の量の水がコップに入っているかを表すことができればいいからである。

そしてコップには容量の他にその中に今どれくらいの水が入っているのか、という情報も持っている。 コップは容量と中の水の量が分かれば完全にその性質が理解できるので、2つの数字を使うことでコップを表すことができる。 そこで[5]10という様な記号を導入してコップを文字で表そうと思う。 [,]の括弧で囲ってある数字はコップの中の水の量を示している。 括弧の右肩に小さく書いてある文字はコップの容量を表している。 今の場合は容量10のコップに5の水が入っている。 つまりこのコップは半分満たされている。 [w]cと書けば、これは容量cのコップにwという量の水が入っていることを表す記号であるとする。 もちろんwはcよりも小さい数でなくてはならない。 コップには容量を超えた量の水は入らないからである。

この記号を利用して先ほどの議論を行うと、まず2つの同じ容量のコップがあるとすると、その容量をcとして、[x]cと[y]cというコップがある。 この2つのコップの片方の水をもう片方に移して一杯にしたとすると、[x+y-c]c[c]cという状況になる。 ここでもしもx+y-cが負でないなら、確かに片方のコップを水で一杯にできたことになる。 この条件が成り立つなら、xとyの少なくともどちらか一方がc/2よりも大きいというのが先ほど確かめた事実関係である。 まずは前提になっている条件から、

0<x+y-c
0<x<c
0<y<c

となることが分かるから、c<x+yとなる。 また、水は容量を超えた量になることはないのだから、xもyもcよりも必ず小さい。 だから、x<cでありy<cだということで、この2つの式を足せばx+y<2cということが分かる。 つまり、

c<x+y<2c

ということで、この式はxとyが同時にc/2より小さかったら成り立たないのだから、xとyのどちらか片方は少なくともc/2よりも大きいことになる。 これで先ほど実際に存在するコップと水を使って見つけた事実を、抽象的な意味で定義されたコップと水を使って再発見することができた。 このような記号を使って議論を進めることで、抽象的なコップと水に対して成り立つ様々な事実関係を見つけていくことができる。

そしてこのような、抽象的なコップと水に対して当てはまる事実は、抽象的なコップと水と同じ性質を持つ物全てに同じように当てはまる。 現実にそのような物があるかどうかとは無関係に抽象的なコップと水について数学的性質を調べることはできる。 そうして抽象的な純粋な数学的な関係として、コップと水の理論を調べ、その後で身の回りの物に対して、これもコップと水の定義に当てはまる、あれも当てはまる、と当てはまる例を探すのである。 そうやってコップと水の定義が当てはまる物を見つければ、そこには数学的に見つけたのと同じ関係が必ず成り立っていて、いちいち個別の場合において確かめる必要はなくなる。 これがコップや水などを抽象化して考える大きな利点である。 このような抽象化によって数学をより一般性を持った理論にすることができるのである。

7.1.2 群

掛け算のできる代数系

このような抽象化によって様々な場合に当てはまる一般的な数学的な概念を考えることができるようになる。 そのような一般的な概念には代数系と呼ばれるものがある。 代数系とは数の代わりになる物の集まりということで、計算を定義できる物の集まりのことである。 例えば数には1+2=3とか、2・3=6とかいった様に足し算や掛け算という計算が定義される。 このような計算が定義できる物は何であれ数と同じような扱いができる、つまり数の代わりに使えるということで代数とか代数系とか呼ばれるのである。

このような代数系には様々な種類があるが、まずは群と呼ばれる代数系について考える。 群とは掛け算が定義できる物の集まりのことであり、ある物の集まりが群であることをその物の集合は群を成すとか言う。 群の正確な定義は次のようになる。

まず第一に掛け算という計算を定義できる必要がある。 掛け算はある物と別のある物に1つのある物を対応させる対応関係のことである。 そのある物をa、別のある物をb、掛け算で対応する先のある物をcと表すと、掛け算を・で表して、

a・b=c

と書ける。 aとbはその物の中から選ばれなくてはならないし、対応する先のcもその物の集まりの中のどれかに対応しなくてはならない。 このような掛け算が定義できる必要がある。 これは普通の数であれば、例えば5・6=30のように、数と数を掛け算したら別の数になるという様に定義されている。 このようなある物の集まりの中から2つの物を選んで、その2つの物の間に掛け算という手続きを定義し、その手続きで対応する先の何かがその物の集まりの中の別の物になるとき、その物の集まりには掛け算が定義されていると言える。 群にはこのような計算が定義でき、その計算が次の性質を満たさないといけない。 それは、ある物の集まりの中からa、b、cという3つの物をどのように選んでも、

a・(b・c)=(a・b)・c

が成り立つという性質である。 (,)がついているのは、そこの計算を先にやるという意味である。 これは、aとbとcという3つの物を掛け算して、その計算をするときにb・cを計算して得られた結果にaを掛け算しても、a・bを計算して得られた結果にcを掛け算しても同じ結果になるということである。 これは普通の数の掛け算で考えると、

1・(2・3)=1・6

=6
=2・3
=(1・2)・3

ということで、確かに成り立っているのが分かる。 しかしこれが一般的に自分で勝手に定義した掛け算に成り立つかどうかは分からない。 一般的な場合は、掛け算をa・b=g、b・c=fとなるとすると、

a・(b・c)=a・f

=g・c
=(a・b)・c

が成り立つということなのだから、これが本当に今考えている物の集まりの全ての物で成り立つかどうかは分からない。 ある物に掛け算が定義されているとき、単に掛け算が定義できているというだけではだめで、その物が群を成すならこういう特別な関係が成り立っていなくてはならない。 この他にもその物の集まりが群であるなら満たさなくてはならない条件がある。 それは、その物の集まりから1つのaをどのように選んでも、

a・e=e・a=a

となるようなeがあることである。 これは、掛け算しても元のままであるようなeがあるということである。 このeは今考えている物の集まりの中のどの物と掛け算しても、その物を別の物に対応させないということである。 例えば普通の数の集まりに定義される掛け算の中では1がこのようなeの役割を果たす。 どんな数も1を掛けても別の数にはならないからである。 このようなeがあり、さらに、その物の集まりから1つのaをどのように選んでも、

a・a-1=e

となるようなa-1が見つかるなら、その物の集まりは群を成すのである。 これは普通の数の掛け算においては分数になる。 例えば2・(1/2)=1となる1は普通の数の掛け算においてeなので、これは今必要な関係を満たしていることになる。 0以外のどんな数にもその数を分母にもってきた分数が存在して、それと元の数を掛ければ1になるので、実数から0を取り除いた数の集まりは群を成すことが分かる。

ちなみになんらかの物の集まりがあるとき、その物の集まりのことをその物の集合と呼び、集まっている物の1つ1つのことを集合の元とか集合の要素とか呼ぶ。 集合が群の定義を満たしているなら、その集合は群を成すと言う。 群の定義は、ある集合の全ての元に対して、

a・(b・c)=(a・b)・c
a・e=e・a=a
a・a-1=e

が成り立つことである。 ちなみにa・(b・c)=(a・b)・cという性質は結合法則、eは単位元、a-1は逆元と呼ばれている。 これらの用語を使って群の定義を言いなおすと、ある集合の全ての元に結合法則が成り立ち、その集合の中に単位元があり、全ての元に逆元が存在しているならばその集合は群になる、ということになる。 群とは、このような性質を持った代数系である。

群の定義はこのようなものである。 この中で勘違いして欲しくないのは、群の中の元の間の掛け算にはa・b=b・aのような関係は成り立つ必要はないということである。 例えば普通の数の掛け算では4・7=7・4=28である。 4に7を掛けても、7に4を掛けても結果は同じである。 しかし、一般的に群の元に定義された掛け算にでもそれが成り立つとは限らない。 つまりa・bとb・aが異なる元に対応してもいいのである。 もしもa・b=b・aという特殊な関係が成り立つなら、その群は特別な群であり、特別な群なので可換群という名前がついている。 これは、掛け算の順番が交換可能だから、可換群と呼ぶのである。 ちなみに、掛け算の順番を入れ替えても結果が変わらないとき、その掛け算は交換するとか、交換可能であるという。 そしてa・b=b・aという関係は、交換関係と呼ばれている。

群の例

それではこれから群の例を上げていく。 さきほどコップと水の理論を考えたときには、様々な物がコップや水として扱えるからそれを抽象的に一般化することで議論を一度すればそれで済むようにした。 今回は始めに抽象的な関係を考えたので、それに当てはまる例を上げて群という概念が虚構の物ではないことを確かめるようと思う。

群の例には様々な物があるが、例えばなんらかの操作の集まりが群になっていることがある。 非常に単純な例を上げると、右を向く、左を向くという動作の集まりは群を成す。 立った状態で、体全体の向きを右に変えて、さっきまで右側に見えていた向きに体全体を向ける動作を右を向くと言い、逆に体全体の向きを左に変える動作を左を向くと言うことにする。 右を向く、左を向くという動作が定義できたので、この2つの動作を一まとまりだと考えると、これは動作の種類の集まり、つまり動作の集合ということになる。 動作には他にも首を振るとか手を伸ばすとか、様々なものがあるが、今考えているのは右を向く、左を向くという2つの動作のみである。

この動作の集合を群だと考えるためには、まずはこの動作の間に掛け算を定義しなくてはならない。 動作と動作を掛け算すると言っても、何のことだか分からないが、この掛け算は動作の間にあるなんらかの関係、規則であればいい。 数と数の掛け算にはこだわらず、何でもいいから何か関係を定義すればいいのである。 コップと水の理論で教室や箱をコップと考え、生徒やりんごを水と考えたのと似ている。 ここでは、動作と動作の間の掛け算を、最初の動作の後で次の動作をする、と定義する。

こう定義すると、右を向くという動作を左を向くという動作に掛け算すると、右を向いた後で左を向くという動作になる。 右を向くという動作と右を向くという動作を掛け算すると右を向いた後でもう一度右を向くという動作になる。 このように動作と動作の間に掛け算を定義することができる。 それを簡単に書くために、例えば、右を向いた後で左を向くという動作は

(左を向く)後(右を向く)

と書くようにする。 動作を()の中に書いて、その後で何かをするというのを表すために動作と動作の間には「後」という字を入れるようにするのである。 そして、一見すると不自然なのだが、普通群を考えるときは最初にする動作を右に書くようにする。 右を向いた後で左を向くというのを省略したら、(右を向く)後(左を向く)になりそうなものだが、他の数学とのかねあいもあって、一番最初にする動作を右に書くのが普通である。 なので、例えば左を向いた後で左を向いた後で右を向いた後で左を向く動作は、

(左を向く)後(右を向く)後(左を向く)後(左を向く)

と書くようにする。 動作の掛け算を書き表すことができるようになったので、実際に掛け算したらどうなるのかを見ていく。 2つの動作の掛け算がどうなるかを見ていくと、

(右を向く)後(右を向く)=(後ろを向く)
(左を向く)後(右を向く)=(何もしない)
(右を向く)後(左を向く)=(何もしない)
(左を向く)後(左を向く)=(後ろを向く)

となる。 右を向いた後でもう一度右を向いたら結果として最初と比べて後ろを向いたことになるし、右を向いた後で左を向けば結局何もしなかったのと同じで元の向きに向き直ることになるので、このようになる。 掛け算の結果があらかじめ考えていた動作とは別の物になった。 群の掛け算は計算結果も群の中の物でなくてはならないので、今出てきた新しい動作も群の中の要素として取り込まないといけない。 つまり、右をむく、左を向くという2つの動作しか要素として持たない集合が群になるかどうか考えていたのだが、それでは掛け算を集合の中に納まるように定義できないので、何もしない、右を向く、左を向く、後ろを向く、という4つの動作を要素として持つ集合を考えるようにするということである。 動作が4つになったので、掛け算としては16種類の掛け算が出てくることになる。 それを全部書くと、

(何もしない)後(何もしない)=(何もしない)
(右を向く)後(何もしない)=(右を向く)
(左を向く)後(何もしない)=(左を向く)
(後ろを向く)後(何もしない)=(後ろを向く)
(何もしない)後(右を向く)=(右を向く)
(右を向く)後(右を向く)=(後ろを向く)
(左を向く)後(右を向く)=(何もしない)
(後ろを向く)後(右を向く)=(左を向く)
(何もしない)後(左を向く)=(左を向く)
(右を向く)後(左を向く)=(何もしない)
(左を向く)後(左を向く)=(後ろを向く)
(後ろを向く)後(左を向く)=(右を向く)
(何もしない)後(後ろを向く)=(後ろを向く)
(右を向く)後(後ろを向く)=(左を向く)
(左を向く)後(後ろを向く)=(右を向く)
(後ろを向く)後(後ろを向く)=(何もしない)

ということになる。 右を向いた後で後ろを向けば、結果としては元の向きの左を向いたことになる。 同じように左を向いた後で後ろを向けば右を向いたことになるし、後ろを向いた後でまた後ろを向けば元に戻る。 こうなると、今度は掛け算の結果がきちんと集合の中に納まっている。 なのでこの集合には群になり得る掛け算を定義できたことになる。 さて、ではこのように定義された掛け算が、きちんと群の定義を満たしていることを確認していく。 まずは結合法則から試す。 例えば、

(右を向く)後{(左を向く)後(後ろを向く)}={(右を向く)後(左を向く)}後(後ろを向く)

が本当に成り立つのかどうかを確かめる。 これは{}の中身を先に計算するということである。 まず、(右を向く)後{(左を向く)後(後ろを向く)}は、上の対応関係から考えて、

(右を向く)後{(左を向く)後(後ろを向く)}=(右を向く)後(右を向く)

=(後ろを向く)

となる。 一方、{(右を向く)後(左を向く)}後(後ろを向く)も、

{(右を向く)後(左を向く)}後(後ろを向く)=(何もしない)後(後ろを向く)

=(後ろを向く)

となって、確かに(右を向く)後{(左を向く)後(後ろを向く)}={(右を向く)後(左を向く)}後(後ろを向く)になっている。 詳しくは省略するがこれを全ての組み合わせについて調べれば、確かに結合法則が成り立っていることが分かる。 次は単位元があるかどうかなのだが、これは何もしないという動作が単位元になっているのが分かる。 そして全ての要素に逆元があるかどうかだが、何もしないには何もしない、右を向くには左を向く、左を向くには右を向く、後ろを向くには後ろを向く、という動作がそれぞれ逆元になっているのが分かる。 つまり、この集合は掛け算を定義でき、結合法則が成り立ち、単位元があり、全ての要素に逆元があるということになる。 よってこの4つの動作の集合は群を成す。

別に必要ないのだが、これをもっと数学らしく表すと、何もしないという動作をe、右を向くという動作をR、左を向くという動作をL、後ろを向くという動作をBで表すと、この4つの動作の集まりは{e,R,L,B}で表すことができるし、これらの動作の間の掛け算を・で表せば、例えば後ろを向いた後で右を向いた後で何もしないでその後で左を向くような動作は、

L・e・R・B

と書ける。 掛け算は、

e・e=e
R・e=R
L・e=L
B・e=B
e・R=R
R・R=B
L・R=e
B・R=L
e・L=L
L・L=B
B・L=R
e・B=B
R・B=L
L・B=R
B・B=e

と書ける。 今まで20文字近くかけてやっと書けた関係も、たった5文字で書けるようになって、読み方さえ覚えれば簡潔で見やすくなる。 ちなみに逆元をa-1の様に書くようにすると、

e-1=e
R-1=L
L-1=R
B-1=B

のようになる。 この掛け算の対応を表を使って書くと、もっと簡潔にまとまって話が簡単になる。 書き方は、縦の列の要素と横の列の要素の掛け算、(横の列)・(縦の列)の結果を表に書くのである。

\eRLB
eeRLB
LLeBR
RRBeL
BBLRe
表5-1 群表

ちなみにこの群の掛け算の対応関係を書き出した表のことを群表と呼ぶ。 R・B=L=R・Bのように、全ての掛け算が交換可能なので、この群は可換群になっているのが分かる。

このように動作の集合を群と考えることができる。 しかし、この群は可換群であった。 群は一般的には可換でないので、可換でない群の例も上げたい。 そのために、考えている動作を向きの変更だけでなく、移動も合わせて考える。

今までは4つの動作の集合を考えてきた。 これに1歩前に出る動作と1歩後ろに下がる動作を付け加える。 1歩前に出る動作を1と表し、1歩後ろに下がる動作を-1と書いて表すと、今考えている動作の集合は{e,R,L,B,1,-1}となる。 なぜ前に出る動作を1、後ろに下がる動作を-1と書くかといえば、前に歩いてから後ろに下がれば元の場所に戻ってくるから、1歩後ろに下がるのは-1歩前に出ると考えることができるからである。 この集合に先ほど定義した、ある動作の後でその動作をする、という定義で掛け算を定義すれば、例えば、

1・R

などは、右を向いてから一歩前へ出る動作を表すことになる。 これにどんどん動作を掛けていって、

1・R・1・R・1・R・1・R

のような動作を考えることもできる。 これは右を向いて1歩前に歩いて、右を向いて1歩前に歩いて、右を向いて1歩前に歩いて、右を向いて1歩前に歩く動作を表すことになる。 実際にやってみるとすぐに分かるが、これは元の向きで元の場所に戻る動作になる。 つまり、

1・R・1・R・1・R・1・R=e

ということである。 このように、前後に進むという動作を付け加えても、掛け算を定義することはできるし、それに対応する先もまた群の要素になるようにできる。 今は、ぐるっと回って元に戻ってくる動作になったが、別に回ってこなくても、例えば

1・1・1・1・R

のような動作も考えることができる。 これは右を向いてそのまま4歩歩く動作で、これに対応する先の要素は{e,R,L,B,1,-1}の中には無いので困る。 なので、考えている動作の集合をどんどん拡張する必要がある。 今の場合は、前を正の向き、右を正の向きに考えた座標を用意して、その位置まで歩いて決まった向きを向く動作の集まりを考えればいいことが分かる。 つまり自分の立っている位置をx=(x,y,0)で表せば、前にx歩、右にy歩歩いて向きを決まった向きに向く、という動作の集合を考えれば、これは群を成す。 先ほど向きを変える動作だけを考えていたときと同じように掛け算を定義できるし、それが結合法則を満たし単位元があり全ての要素に逆元があることを確かめることができるのだが、それは省略する。 少し先ほどと違うのは、この群の要素は4つとか5つとか、限りのある数ではなく限りのない数になるということである。 このような群でも手続きを通して定義することができるので、興味のある人は自分で確かめてもらいたい。

今、特別に注目したいのはこの群が可換群ではないということである。 つまり、掛け算の順番を変えると、掛け算で対応する先が変わるのである。 これは考えてみれば当たり前で、右を向いてから前に1歩歩くのと、1歩歩いてから右を向くのとでは、立っている場所は変わるに決まっている。 つまり、1・RはR・1とは違う。

しかし場所を移動するという動作の集合は群を成す。 群を成すのだから場所の移動という動作には、群についての数学的性質が全て当てはまることになる。 このように、動作と動作の掛け算という計算を定義できる。 そして一般的には群の中で定義されている掛け算は交換できないので、掛け算の順番を変えれば結果が変わる。 今の場合も当然、可換にはなっていない。

移動に限らず様々な動作が群を成すが、普通動作はやる順番を変えたら結果は全く違ったものになる。 喩えば茹でる前のラーメンを食べてからお湯を飲めば、胃の中に入るのは同じでも結果はだいぶ違ってくるし、お知り合いになって仲良くなる前に部屋に遊びに行ったら、かなり相手に与える印象は違ってくるだろう。 このように動作は群を成し、群の要素の間に掛け算を定義することができるが、その掛け算は掛ける順番を変えれば違う結果になることがほとんどである。

あみだくじの数学。

このように群という概念は虚構の概念ではなく、実際に身の回りの物事に現れてくる概念である。 それを抽象化し、数学的に議論してさえおけば、これらの身の回りの物事に対して成り立つ事実関係を簡単に見つけることができる。 群についての数学的関係さえ学んでおけば、あとはその物事が群として考えられるということを確かめさえすれば、今まで学んできた一般的な関係を当てはめることができるのである。

7.1.2 体

普通の数のような代数系

これまでは群について説明してきた。 代数系には他にも様々な例があるのでそれを紹介していく。 次に紹介するのは体という代数系である。 これはいわゆる、普通の数を抽象化したものである。

体の定義を紹介していく。 まず、ある集合の要素に足し算と掛け算という2種類の計算が定義できる必要がある。 つまり、集合の要素をa、b、cと表せば

a+b=c
a・b=c

となるような2種類の計算が定義できることである。 これらの2種類の計算が定義できるというのは、群のときのような結合法則がきちんと成り立つということで、つまり、

a+(b+c)=(a+b)+c
a・(b・c)=(a・b)・c

が成り立つということである。 足し算にはさらに交換法則が成り立つ必要がある。 つまり、

a+b=b+a

が成り立つ必要がある。 掛け算の交換法則は普通は成り立たないのだが、体に定義された掛け算には成り立たないといけない。 掛け算が交換することも、体の定義の1つである。

このように結合法則を満たし、交換可能な足し算と掛け算という2種類の計算が集合内の全ての要素に定義できたら、今度は足し算と掛け算が混じった計算を考える必要がでる。 足し算と掛け算が混じった計算をするために必要な計算規則が必要で、それは、

a・(b+c)=a・b+a・c
(b+c)・a=b・a+c・a

という計算規則になる。 これは、()の中身を先に計算するということで、足し算と掛け算が混じった計算をするとき、b+cという足し算を先にやって足し算で対応する先の数とaを掛け算しても、先にa・bとa・cという掛け算をしてからその掛け算で対応する先の数を足しても結果が同じになるということである。 この計算規則は分配法則という規則で、その集合が体ならこれが成り立たなくてはならない。 ちなみに、体に定義された掛け算は可換なのだから、a・b+a・c=b・a+c・aということで、

a・(b+c)=(b+c)・a

ということである。

ちなみにa・b+cのような、掛け算と足し算が混じった計算には結合法則が成り立たない。 つまり、a・(b+c)と(a・b)+cは違うものである。 これは、

a・(b+c)=a・b+a・c
(a・b)+c=a・b+c

となるので、両方を見比べれば特殊な場合を除いて明らかに2つは違うことが分かる。

その集合が体なら、これに加えて単位元と零元という要素が含まれている必要がある。 つまり、その集合の中の全ての要素に対して、

a+0=a
a・1=1・a=a

となる0と1という要素が考えている集合の中にあるということである。 1の方は群の定義で出てきた単位元と同じで、体においてもやはり単位元と呼ばれる。 0の方は零元と呼ばれ、足し算の中の単位元と呼べる物だが、区別するために零元という名前がついている。

これらに加えてある集団が体になるなら、足し算にも掛け算にも逆元がなくてはならない。 つまり、その集合の中の全ての要素に対して、

a+(-a)=0

となる-aがあって、それが考えている集合の中にあるということである。 さらに、掛け算に対しても逆元がなくてはいけないが、掛け算の場合は0を除く全ての要素に対して、

a・a-1=1

となるa-1があって、それが考えている集合の中にあるということである。 これらも群の定義の中に出てきた逆元と似ているが、掛け算の場合は少し制限がついて0については逆元がなくてもいい。 これは逆に言えば体の定義を満たす集合の中に0の逆元が存在することはないということで、これは、

0・0-1=1

となるような0-1がこの集合の中にあったとすると、0=a+(-a)であり、分配法則から、

[a+(-a)]・0-1=a・0-1+(-a)・0-1

=1

となる。 これにa-1を掛け算したら、

a-1・[a・0-1+(-a)・0-1]=a-1・a・0-1+a-1・(-a)・0-1

=0-1+a-1・(-a)・0-1
=a-1・1
=a-1

となる。 つまり、

0-1=a-1-a-1・(-a)・0-1

ということである。 そこでaとは違うbという要素を用意して同じ議論をすれば、

b-1・[b・0-1+(-b)・0-1]=b-1・b・0-1+b-1・(-b)・0-1

=0-1+b-1・(-b)・0-1
=b-1・1
=b-1

ということで、つまり、

0-1=a-1-a-1・(-a)・0-1

=b-1-b-1・(-b)・0-1

ということなのだから、これは0-1という1つの要素がa-1-a-1・(-a)・0-1と等しく、かつb-1-b-1・(-b)・0-1と等しいということを意味している。 a-1-a-1・(-a)・0-1とb-1-b-1・(-b)・0-1はもちろん違う要素なのだから、これは矛盾で、どうしてこんな矛盾が起こるかと言えば0-1が定義できると考えたからである。 つまり、0-1はその集合が体なら、集合の要素にはならない。

体とはこのような条件を満たす集合である。 まとめると、体とは交換可能な足し算と掛け算が定義でき、分配法則が成り立ち、零元と単位元があり、すべての要素に足し算で逆元があり、零元を除く全ての要素に掛け算で逆元がある集合のことである。 これを数式で書くと、

a+(b+c)=(a+b)+c
a・(b・c)=(a・b)・c
a+b=b+a
a・b=b・a
a・(b+c)=a・b+a・c
(b+c)・a=b・a+c・a
a+0=a
a・1=1・a=a
a+(-a)=0
a・a-1=1

が、零元の掛け算の逆元が定義できない以外、全ての要素で成り立つとき、その集合は体を成す。

体の例

それでは体の具体例を紹介していく。 最も簡単な例は普通の数である。 なので体を成す集合は普通の数の集まりと同じ性質を持っているということになる。 普通の数の集合が体の条件を満たすというのは、実際に確かめてみれば簡単に理解できる。 例えば、

4+(2+3)=(4+2)+3
3・(2・5)=(3・2)・5
4+2=2+4
3・6=6・3
4・(2+4)=4・2+4・4
(4+5)・3=4・3+5・3
2+0=2
5・1=1・5=5
8+(-8)=0
3・(1/3)=1

ということになる。 普通の数の集合における零元は0だし、単位元は1になる。 足し算の逆元は負の数だし、掛け算の逆元は分数になる。 零元の逆元が体に含まれないのは、1/0が定義できないことからも納得がいく。 今見たのは具体的に数個の数の組に対して体の定義が当てはまるというだけで、全ての数で一般的にこれらの条件が満たされているというのは分からないが、別に大した話ではないので気になる場合は自分で確かめてみて欲しい。

次に例としてあげるのは虚数の集合である。 虚数にもやはり足し算や掛け算が定義でき、普通の数のように扱うことができる。 それを確かめると、虚数は一般的にa+biと書けるので、

a+bi+(a'+b'i+a"+b"i)=a+bi+(a'+a")+(b'+b")i

=(a+a'+a")+(b+b'+b")i
=(a+a')+(b+b')i+a"+b"i
=(a+b'i+a'+b'i)+a"+b"i

となって、足し算において結合法則は成り立つ。

(a+bi)・[(a'+b'i)・(a"+b"i)]=(a+bi)・[a'a"-b'b"+(a'b"+b'a")i]

=a・[a'a"-b'b"+(a'b"+b'a")i]+bi・[a'a"-b'b"+(a'b"+b'a")i]
=a(a'a"-b'b")+a(a'b"+b'a")i+bi(a'a"-b'b")+bi(a'b"+b'a")i
=aa'a"-ab'b"-ba'b"-bb'a"+(aa'b"+ab'a"+ba'a"-bb'b")i
=(aa'-bb')a"+(ba'+ab')i・a"+(aa'-bb')b"i+(ba'-ab')ib"i
=[aa'-bb'+(ba'+ab')i]・a"+[aa'-bb'+(ba'+ab')i]・b"i
=[aa'-bb'+(ba'+ab')i]・(a"+b"i)
=[(a+bi)・(a'+b'i)]・(a"+b"i)

となって、掛け算においても結合法則は成り立つ。 次は交換法則だが、足し算の場合は、

(a+bi)+(a'+b'i)=a+a'+(b+b')i

=a'+a+(b'+b)i
=(a'+b'i)+(a+bi)

となって成り立つのが分かる。 掛け算の場合も、

(a+bi)・(a'+b'i)=aa'-bb'+(ab'+ba')i

=a'a-b'b+(b'a+a'b)i
=(a'+b'i)・(a+bi)

となって成り立つのが分かる。 次は分配法則だが、

(a+bi)・[(a'+b'i)+(a"+b"i)]=(a+bi)・[a'+a"+(b'+b")i]

=(a+bi)・a'+(a+bi)・a"+(a+bi)・b'+(a+bi)・b"i
=(a+bi)・(a'+b'i)+(a+bi)・(a"+b"i)
=(a'+b'i)・(a+bi)+(a"+b"i)・(a+bi)
=a'・(a+bi)+b'i・(a+bi)+a"・(a+bi)+b"i・(a+bi)
=[a'+a"+(b'+b")i]・(a+bi)
=[(a'+b'i)+(a"+b"i)]・(a+bi)

となって、成り立つのが分かる。 零元や単位元は普通の0と1である。

(a+bi)+0=a+bi
(a+bi)・1=1・(a+bi)=a+bi

最後に逆元だが、これも普通の数のときのように負の虚数と虚数の分数になる。

(a+bi)・[1/(a+bi)]=1

これで虚数にも体の定義が当てはまることが分かった。 よって虚数全体の集合は体を成す。

次はベクトルの体を考える。 ベクトルとは、この章でも後で詳しく扱うが、一言で言えば数の並びのことである。 (x,y,z)のような3つの成分を持つベクトルに足し算や掛け算を定義して体を成すようにしてみる。 そのためにはベクトル同士の足し算や掛け算を次のように定義すればいい。

(x,y,z)+(x',y',z')=(x+x',y+y',z+z')
(x,y,z)・(x',y',z')=(x・x',y・y',z・z')

このように定義すれば、ベクトルの成分が実数や虚数であれば、成分ごとに結合法則や交換法則など、体の定義が当てはまるので、このベクトル全体の集合は体を成す。

このように体という概念も確かに存在する概念である。 体の定義を満たすものは普通の数と同じように自由に足したり掛けたりできる、扱いやすい物である。

7.1.4 様々な代数系

これまで群、体と言った代数系について紹介してきた。 代数系には他にも様々な物がある。 例えば環というものもある。 これは掛け算が交換しない体のような代数系である。 正確な定義は次のようになる。

a+(b+c)=(a+b)+c
a・(b・c)=(a・b)・c
a+b=b+a
a・(b+c)=a・b+a・c
(b+c)・a=b・a+c・a
a+0=a
a・1=1・a=a
a+(-a)=0

体のように足し算と掛け算が定義でき分配法則も成り立つが、掛け算は可換ではなく掛け算の逆元が集合の中に含まれない。 つまり環は体をより一般化したもので、体は環に掛け算の可換性と逆元を付け加えた特殊な物だと考えることができる。 環の具体例は省略する。

環と体の違いは掛け算が可逆でなく、また掛け算について逆元が無いという2点だが、このうち片方だけは満たす環と体の間のような代数系も存在して、正確な定義は次のようになる。

a+(b+c)=(a+b)+c
a・(b・c)=(a・b)・c
a+b=b+a
a・(b+c)=a・b+a・c
(b+c)・a=b・a+c・a
a+0=a
a・1=1・a=a
a+(-a)=0
a・a-1=1

つまり、環の掛け算は可換ではないが逆元が存在する代数系で、これは斜体と呼ばれている。

代数系の他の例としては体よりもは群に近い代数系として、加法群というものがある。 加法群の定義は次のようになる。

a+(b+c)=(a+b)+c
a+b=b+a
a+0=a
a+(-a)=0

となって、これは可換群のことである。 群に定義される計算は掛け算と呼ばれるが、それが可換な場合は足し算と呼ぶことがある。 今は掛け算が可換なので足し算と呼んでいて、この代数系は加法群と呼ばれる。

群に近い他の代数系の例をもっと上げると、単位元も逆元も無く、単に掛け算だけが定義されている代数系、つまり、

a・(b・c)=(a・b)・c

という定義に当てはまる集合は半群と呼ばれている。

このように代数系と呼ばれる物には沢山の種類がある。 これらの他にもリー代数やブール代数といった代数系もある。

7.2 ベクトル

7.2.1 ベクトルの定義

身近な代数系

このように様々な代数系を考えることができる。 代数系を考えるのは、実用的には現実にある様々な物事の関係性や規則性がその代数系に当てはまることが分かれば、あらかじめ数学的に調べておいたその代数系の性質をそのまま直接、現実にある物事に当てはめることができるからである。 そして、おそらく最も日常的に目にし、物事を代数系として扱う利点を分かりやすく見ることができる例はベクトルだと思う。 これからベクトルについて特別に詳しく調べていく。 まずは抽象的な代数系としてのベクトルを扱うが、抽象的な議論に慣れていない読者は読み飛ばして具体例を見てからここに戻ってもよい。

代数系としてのベクトルの定義は次のようになる。 ベクトルをv、v'、v"と表し、ある体Kの要素をa、bなどのように表すと、

v+v'=v"
v'+v=v"
a・v=v'

のように、ベクトルとベクトルの足し算がベクトルになり、この足し算は可換であり、ベクトルと体の要素の掛け算もまたベクトルとなるような足し算と掛け算が定義できる。 そして、これらの計算が、

v+(v'+v")=(v+v')+v"
a・(b・v)=(a・b)・v

のように結合法則を満たし、

a・(v+v')=a・v+a・v'
(a+b)・v=a・v+b・v

のように分配法則を満たし、

v+0=v
1・v=v

のように定義される零元と体の単位元とベクトルとの積が含まれているものをベクトルとか、ベクトルの集合のことをベクトル空間などと呼ぶ。 ちなみに、ベクトルとベクトルの足し算は足し算だが、体の要素をスカラーと呼び、スカラーとベクトルの掛け算はスカラー積と呼ぶことがある。 また、ベクトル空間の零元のことを特別に零ベクトルと呼ぶ。 スカラーは体の要素なのだから、掛け算は可逆で逆元がある。 つまり、体の定義と分配法則から、

a・v+(-a)・v=[a+(-a)]・v

=0・v
=0

であることが分かる。 ベクトルの足し算における逆元を特別に逆ベクトルと呼ぶ。 0・vが0であるのは、やはり結合法則から、どんなvに対しても、

v+0・v=1・v+0・v

=(1+0)・v
=1・v
=v

となって、これは零ベクトルの定義を満たす。 つまり0・v=0である。 よってベクトル空間には足し算に関して必ず逆元がある。 つまり正のベクトルと負のベクトルを考えることができる。

つまりベクトル空間とはある体Kの上に定義されるもので、ベクトルとベクトルの足し算が加法群を成し、とベクトルとスカラーとの掛け算が分配法則を満たし、ベクトルと体の単位元との間のスカラー積はベクトルに影響を与えないように定義したものである。

7.2.2 ベクトル空間

一次結合

ベクトルの定義は以上である。 次はこのように定義されたベクトルやベクトル空間の数学的な性質を調べていく。 このように抽象的な数学の議論でベクトルの性質を見つけ、後でそれが本当に様々なベクトルに当てはまることを見てこのような抽象化、一般化の利点を紹介する。

ベクトル空間の要素であるベクトルには足し算とスカラーとの掛け算が定義できるので、いくつものベクトルのスカラー積の足し算が定義できる。 例えばあるベクトル空間から、v1、v2、・・・、vnのようなn個のベクトルとk1、k2、・・・、knのようにn個の体の要素を選んで、

k1・v1+k2・v2+...+kn・vn

というスカラー積の足し算を考えることができる。 あるベクトルにあるスカラーを掛けてもベクトルのままであり、ベクトルとベクトルを足してもベクトルのままなので、このn回のスカラー積の結果得られるn個のベクトルを足したものもベクトルになる。 つまり、あるベクトルをvで表すと、

v=k1・v1+k2・v2+...+kn・vn

ということになる。 vがどのようなベクトルかは良く分からないが、とにかくそれは今選んだn個のベクトルとn個のスカラーの掛け算と足し算の結果得られるベクトルである。 これは足し算や掛け算に使うベクトルやスカラーが変われば普通は別のベクトルに変わるはずである。 例えばk1をk1+1に変えてみたら、

(k1+1)・v1+k2・v2+...+kn・vn=k1・v1+1・v1+k2・v2+...+kn・vn

=k1・v1+k2・v2+...+kn・vn+v1
=v+v1

となって、確かにvとは違ったベクトルになる。 このようにn個のベクトルは変えないでも、スカラーの方を変えれば、このn個のスカラー積の足し算で得られるベクトルは変わってくる。 ちなみに、このようにいくつかのベクトルにスカラーを掛けて足し算して得られるベクトルのことをn個のベクトルの一次結合と呼ぶ。 一次結合の一次とは一次関数の一次で、一次関数はy=axのように表されるが、aをスカラー、xをベクトルだと思えば今のベクトルの計算にも同じようにk1・v1という部分が現れてきて、それを足し算によって合わせる、つまり結合するのだから一次結合と呼ばれるのである。

さて、あるベクトル空間からn個のベクトルを選んで、それは今後変えないとする。 そして体の中からやはりn個のスカラーを選んで一次結合を作るのだが、スカラーの方は様々に変えてみる。 そうすると、今選んだn個のベクトルからなる一次結合は、

v=k1・v1+k2・v2+...+kn・vn

と表され、これはスカラーの変化に従って様々なベクトルになる。 つまり、vはk1、k2、・・・、knというn個のスカラーの関数になる。 vはスカラーの関数であり、様々なベクトルになる。 あるときは、これが零ベクトルに等しくなる場合もあるだろう。 つまり、

0=k1・v1+k2・v2+...+kn・vn

となる場合もあるだろう。 どんな時に一次結合が零ベクトルになるのか考えて、まず第一に思いつくのはn個全てのスカラーが0であれば、一次結合も零ベクトルになるはずだということである。 それは、k1=k2=...=kn=0なら、

0・v1+0・v2+...+0・vn=0+0+...+0

=0

となって、確かに零ベクトルになるのが分かる。 さて、問題になるのは果たしてこの場合以外にも一次結合が零ベクトルになる場合はあるのだろうか、ないのだろうかということである。 例えばn=3のとき、v3=v1+(-2)・v2のように選んでも、v1とv2がそのベクトル空間の中から選んだベクトルなら、スカラー積の足し算もまたベクトル空間の中のベクトルになるのだから、v3としてこのようなベクトルを選ぶことができる。 この場合は、この3つのベクトルの一次結合は、

k1・v1+k2・v2+k3・v3=k1・v1+k2・v2+k3・[v1+(-2)・v2]

=k1・v1+k2・v2+k3・v1+k3・(-2)・v2
=(k1+k3)・v1+(k2-2・k3)・v2

となる。 これは例えば、k1=-1、k2=2、k3=1の場合は、

(k1+k3)・v1+(k2-2・k3)・v2=(-1+1)・v1+(2-2・1)・v2

=(-1+1)・v1+(2-2)・v2
=0・v1+0・v2
=0+0
=0

となって、確かに零ベクトルとなる。 この例以外にも、k1+k3=0、k2-2・k3=0となる数の組合わせならどんな場合も零ベクトルとなる。 このように一次結合を考えるのにn個のベクトルを選ぶときに、うまく選べば全てのスカラーが0でなくても一次結合の結果が零ベクトルになるような場合もあることが分かった。

次も同じようにn=3の場合を考えるが、今度は3つのベクトルがお互いがお互いの一次結合で表されない場合を考える。 先ほどの例は3つ目のベクトルが、v3=v1+(-2)・v2のようにv1とv2の一次結合で表された。 しかし、今度はこのように表すことができないように選ぶのである。 つまり、

v1=a・v2+b・v3
v2=c・v1+d・v3
v3=e・v1+f・v2

となるようなa、b、c、d、e、fが無いように3つのベクトルを選ぶということである。 ベクトル空間には沢山のベクトルが要素として含まれるのだから、場合によってはこのように選ぶこともできるだろう。 そして、今回はたまたまこのように、3つのベクトルが選べたとする。

では、このように選ばれた3つのベクトルの一次結合が零ベクトルになるのはどんな場合だろうかを考えてみる。 どんな場合かを考えたいのだが、いまいちどんな場合に零ベクトルになるのか分からないので、発想を転換して先に仮に零ベクトルになったとしたらどんな性質を持っているのかを調べてみる。 一次結合で使う全てのスカラーが0なら一次結合でできたベクトルは当然零ベクトルになるので、問題はこの場合以外の場合に、つまり全てのスカラーが0でないのに、この3つのベクトルの一次結合が零ベクトルになるかどうかである。 仮に全てのスカラーが0でないのに一次結合が零ベクトルになったとすると、

0=k1・v1+k2・v2+k3・v3

というk1、k2、k3が見つかったということである。 もしも一次結合が零ベクトルになるなら、このような関係が必ず成り立つということである。 この関係を3つのベクトルが満たす関係だと考えると、k3・v3を引き算すると、

0-k3・v3=k1・v1+k2・v2+k3・v3-k3・v3

=k1・v1+k2・v2

ということで、つまりは、

-k3・v3=k1・v1+k2・v2

ということである。 これにさらに-k3の逆元を掛ければ、

(-1/k3)・(-k3)・v3=v3

=(-1/k3)・(k1・v1+k2・v2)
=(-1/k3)・k1・v1+(-1/k3)・k2・v2)
=-(k1/k3)・v1-(k2/k3)・v2

となって、これはつまり、

v3=-(k1/k3)・v1-(k2/k3)・v2

となって、これはv3が一次結合で表されたことを意味する。 あらかじめ、v3は、

v3=e・v1+f・v2

となるようなeやfが存在しないように選んだはずなのに、e=-(k1/k3)と、f=-(k2/k3)と選べば一次結合で表されることになる。 これは矛盾である。 どうしてこんな矛盾が起こったのかと考えると、ベクトルに掛ける全てのスカラーが0である場合以外にも、この3つのベクトルの一次結合が零ベクトルになると仮定したせいである。 そう仮定すれば、3つのベクトルの一次結合が零ベクトルになるという関係が得られ、そこからv3が他の2つのベクトルの一次結合で表されるという結果が得られる。 つまり矛盾の元はベクトルに掛ける全てのスカラーが0でない時にも、一次結合が零ベクトルになると仮定したことである。 これは、この3つのベクトルの一次結合はベクトルに掛かる全てのスカラーが0でなければ、決して零ベクトルにはならないことを意味している。

このようにあるベクトル空間からベクトルをいくつか選んで一次結合を作ったとして、その一次結合がベクトルに掛かっている全てのスカラーが0である時以外にも零ベクトルになるか、ならないかというのは、選んだベクトルによる性質で、あるベクトルの組では成り立つが、別のベクトルの組では成り立たなかったりする性質である。 なので、これらの性質に名前をつけて、特別な注意を払う価値がある。

あるベクトル空間から選んだいくつかのベクトルの一次結合が、ベクトルに掛かっているスカラーの全てが0である場合以外にも零ベクトルになることがあるならそのベクトルの組は一次従属であると言う。 逆に、あるベクトル空間から選んだいくつかのベクトルの一次結合が、ベクトルに掛かっているスカラーの全てが0である場合以外には零ベクトルになることが無いならそのベクトルの組は一次独立という。

先ほどの具体例では、v3がv1とv2の一次結合である場合は3つのベクトルは一次従属であり、どのベクトルも他のベクトルの一次結合で表されない場合は一次独立になった。 このように一次従属なベクトルの組は、その中のあるベクトルがその組の中の別のベクトルの一次結合で表されるという性質があり、一次独立なベクトルの組は表されないという性質がある。 それをより一般的に確かめると、もしn個のベクトルが一次従属なら、

k1・v1+k2・v2+k3・v3+...+kn-1・vn-1+kn・vn=0

となるk1、k2、k3、・・・、kn-1、knというn個のスカラーがあって、少なくともそのどれか1つは0ではないということである。 ならば、その0でないスカラーが掛かっているベクトルを探して、それは1個目とか2個目かもしれないが、とりあえずi個目のベクトルに掛かっているスカラーが0でないとして、ki・viを引き算して、

k1・v1+k2・v2+k3・v3+...+kn-1・vn-1+kn・vn-ki・vi=0-ki・vi

=-ki・vi

これに-kiの逆元を掛ければ、

(-1/ki)・(-ki)・vi=vi

=(-1/ki)・[k1・v1+k2・v2+k3・v3+...+ki-1・vi-1+ki+1・vi+1+...+kn-1・vn-1+kn・vn]
=(-1/ki)・k1・v1+(-1/ki)・k2・v2+(-1/ki)・k3・v3+...+(-1/ki)・ki-1・vi-1+(-1/ki)・ki+1・vi+1+...+(-1/ki)・kn-1・vn-1+(-1/ki)・kn・vn
=(-k1/ki)・v1+(-k2/ki)・v2+(-k3/ki)・v3+...+(-ki-1/ki)・vi-1+(-ki+1/ki)・vi+1+...+(-kn-1/ki)・vn-1+(-kn/ki)・vn

となって、結局は、

vi =-k1/ki・v1-k2/ki・v2-k3/ki・v3-...-ki-1/ki・vi-1-ki+1/ki・vi+1-...-kn-1/ki・vn-1-kn/ki・vn

ということで、これはviがその他のベクトルの一次結合であることを意味している。 つまり、あるベクトル空間からn個のベクトルを選んだとして、それが一次従属であることが分かったらその中の少なくとも1つのベクトルが別のn-1個のベクトルの一次結合であることが分かった。 一次従属であるベクトルの組とは、このようにあるベクトルを他のベクトルの組み合わせで表すことができるベクトルの組のことである。 逆に一次独立であるベクトルの組は、どのベクトルを選んでもそのベクトルを他のベクトルの組み合わせで表すことができないベクトルの組のことである。 これは、もしあるベクトルが別のベクトルの一次結合で表されたとして、それをviと表すと、

vi =k1・v1+k2・v2+k3・v3+...+ki-1・vi-1+ki+1・vi+1+...+kn-1・vn-1+kn・vn

ということになるが、この関係からviを引き算したら、

k1・v1+k2・v2+k3・v3+...+ki-1・vi-1+ki+1・vi+1+...+kn-1・vn-1+kn・vn-vi=k1・v1+k2・v2+k3・v3+...+ki-1・vi-1-vi+ki+1・vi+1+...+kn-1・vn-1+kn・vn

=vi-vi
=0

となって、n個のベクトルのスカラーが全て0というわけではないのに一次結合が零ベクトルになった。 これはこれらのベクトルが一次独立であるという前提に矛盾するので、一次独立であれば、その中のベクトルのどの1つもその他のベクトルの一次結合で表すことはできないのが分かる。

基底と次元

さて、一次従属なベクトルの組と一次独立なベクトルの組にはこのような性質があるのが分かった。 これらの性質から、もしあるベクトル空間から選んだn個のベクトルが一次独立であれば、そのベクトルの一次結合はベクトル空間を成すことが分かる。 これからそれを説明する。

あるベクトル空間からn個のベクトルを選んで、それらのベクトルの一次結合を考えることで様々なベクトルを表すことができる。 つまり、

v=k1・v1+k2・v2+...+kn・vn

という様に、n個のベクトルに掛けるn個のスカラーを様々に変えることで様々なvを表すことができる。 例えば、k1、k2、・・・、knというn個のスカラーを選び、さらにk1'、k2'、・・・、kn'という別のn個のスカラーを選べば、

v=k1・v1+k2・v2+...+kn・vn
v'=k1'・v1+k2'・v2+...+kn'・vn

となるように、vとは違うv'というベクトルを表すことができる。 もしもk1'、k2'、・・・、kn'の中に1つでもk1、k2、・・・、knと違うスカラーが含まれているなら、vとv'は違うベクトルになる。 なぜなら、もしもv=v'ならば、v-v'=0ということだが、vとv'の差は、

v-v'=(k1・v1+k2・v2+...+kn・vn)-(k1'・v1+k2'・v2+...+kn'・vn)

=(k1-k1')・v1+(k2-k2')・v2+...+(kn-kn')・vn

であるが、これはk1、k2、・・・、knとk1'、k2'、・・・、kn'knの間に1つでも違うスカラーが含まれていれば、ベクトルに掛かっているスカラーの全てが0になることはない。 そしてn個のベクトルは一次独立なのだから、0でないスカラーが掛かっているベクトルがあるならその一次結合も零ベクトルにはならない。 つまり、vとv'の差は零ベクトルにはならないのが分かる。 差が零ベクトルにならないのだから、2つのベクトルには違いがあるという結論になる。 つまり、一次独立なベクトルに掛かっているn個のスカラーの中に1つでも違うスカラーが入っている場合、2つは違うベクトルになるのである。

このように一次独立なベクトルの組の一次結合によって、様々なベクトルを表すことができる。 一次結合で表されるベクトルが同じになるのは、一次結合を計算するのに使ったスカラーが全て同じになる場合だけである。 これをふまえて、n個の一次独立なベクトルの一次結合で表すことのできるベクトルの全てを集めた集合が新しいベクトル空間を成すことを確かめる。

そのためには2つのベクトルがどちらもn個の一次独立なベクトルの一次結合で表されている場合、その2つのベクトルの足し算もやはりn個のベクトルの一次結合になり、それらのベクトルのスカラー積もやはりn個のベクトルの一次結合になることを確かめればいい。 これは、先ほどと同じようにvとv'を表すと、

v+v'=(k1・v1+k2・v2+...+kn・vn)+(k1'・v1+k2'・v2+...+kn'・vn)

=(k1+k1')・v1+(k2+k2')・v2+...+(kn+kn')・vn
=k1"・v1+k2"・v2+...+kn"・vn

となって、ki+ki'=ki"と書けば、確かに元のベクトルの足し算はn個のベクトルの一次結合で表されるのが分かる。 次はスカラー積を考えるのだが、ある体の要素をk'で表して、

k'・v=k'・(k1・v1+k2・v2+...+kn・vn)

=k'・k1・v1+k'・k2・v2+...+k'・kn・vn
=k1"・v1+k2"・v2+...+kn"・vn

となって、k'・ki=ki"と書けば、確かに元のベクトルのスカラー積はn個のベクトルの一次結合で表されるのが分かる。

この2つの関係から、あるベクトル空間から選んだ一次独立なn個のベクトルの一次結合で表される全てのベクトルの集合が新しいベクトル空間を成すことが分かる。 一次独立なn個のベクトルはあるベクトル空間の中から選んでいるので、それらの一次結合もやはり元のベクトル空間のベクトルになる。 なので、それら一次結合の足し算やスカラー積もやはり元のベクトル空間の中のベクトルになるし、当然ベクトル空間の定義を満たす。

後はその新しいベクトル空間の中のベクトルの全てが本当にn個の一次独立なベクトルの一次結合で表されるのかを考える必要がある。 n個の一次独立なベクトルの一次結合で表されるベクトルの全体とは、n個のスカラーは様々な要素になり得るが、その全ての組み合わせによって得られるベクトル全てを考えているということである。 しかし、いずれにせよ、その一次結合はn個の一次独立なベクトルのスカラー積を足し算したものである。 ならば、そのようなベクトルをいくら足そうがどんなスカラーを掛けようが、相変わらずその結果は元のn個のベクトルの一次結合となる。 そして、これらの一次結合はベクトル空間の定義を満たす。 つまり、あるベクトル空間から選んだn個の一次独立なベクトルの一次結合で表されるベクトル全体の集合は、新しいベクトル空間を成すことが分かる。

このように、一次独立なベクトルは新しいベクトル空間を作ることができる。 このベクトル空間は普通は元のベクトル空間とは違ったものになる。 この新しいベクトル空間の性質は元のベクトル空間から選んだn個のベクトルによって変わってくるはずである。 それを見るために、まずはあらかじめ選んでおいたn個の一次独立なベクトルの作るベクトル空間から、元のn個とは違った一次独立なベクトルをn個選んでみる。 もちろんこの新しいベクトルも一次独立なベクトルなのだから、その一次結合で作られる全てのベクトルを集めた集合はベクトル空間になる。 つまり、あるベクトル空間から、n個の一次独立なベクトルを選んだとして、

v=k1・v1+k2・v2+...+kn・vn

で表される全てのvの集合が成すベクトル空間から、別のn個の一次独立なベクトルを選び、それをv1'、v2'、...、vn'と表して、

v'=k1・v1'+k2・v2'+...+kn・vn'

で表される全てのv'の集合が成すベクトル空間を作ることができる。 作ることはできるのだが、果たしてこれは本当に意味があることなのだろうか。 v1'、v2'、...、vn'はv1、v2、...、vnの作るベクトル空間から選んだベクトルである。 ということは、v1'、v2'、...、vn'はv1、v2、...、vnの一次結合で表すことができる。 なので、n2個のスカラーを用意して、

v1'=j11・v1+j12・v2+...+j1n・vn
v2'=j21・v1+j22・v2+...+j2n・vn
...
vn=jn1・v1+jn2・v2+...+jnn・vn

と表すことができる。 スカラーについている番号は、v1'の1番目のベクトルに掛かるスカラーがj11、2番目はj12といった様に、vi'のa番目のベクトルに掛かっているスカラーをjiaという様につけた。 このように表せば、v'は、

v'=k1・v1'+k2・v2'+...+kn・vn'

=k1・(j11・v1+j12・v2+...+j1n・vn)+k2・(j21・v1+j22・v2+...+j2n・vn)+...+kn・(jn1・v1+jn2・v2+...+jnn・vn)
=k1・j11・v1+k1・j12・v2+...+k1・j1n・vn+k2・j21・v1+k2・j22・v2+...+k2・j2n・vn+...+kn・jn1・v1+kn・jn2・v2+...+kn・jnn・vn
=(k1・j11+k2・j21+...+kn・jn1)・v1+(k1・j12+k2・j22+...+kn・jn2)・v2+...+(k1・j1n+k2・j2n+...+kn・jnn)・vn
=k1'・v1+k2'・v2+...+kn'・vn

となって、ki'=(k1・j1i+k2・j2i+...+kn・jni)と書けば、確かにv'をv1、v2、...、vnの一次結合で表すことができた。これはv'は結局はv1、v2、...、vnの作るベクトル空間の中の要素だということになる。 なぜならそのベクトル空間はn個のベクトルの一次結合で表されるベクトルを全て集めたものだからである。 v'もv1、v2、...、vnの一次結合で表されるのだから、当然そのベクトル空間の中の要素である。 どんなスカラー積の足し算で得られるv'もそのベクトル空間の中の要素なのだから、v'の全ての集合の作るベクトル空間は、元のv1、v2、...、vnの作るベクトル空間の中の要素だけを使ったベクトル空間であることが分かる。

そして、今やった議論をv1'、v2'、...、vn'とv1、v2、...、vnの立場を入れ替えて行えばまったく同じようにv1、v2、...、vnによって作られるベクトル空間のベクトルは、v1'、v2'、...、vn'によって作られるベクトル空間の中にベクトルだけであることが分かる。 これはv1'、v2'、...、vn'によって作られるベクトル空間の中の要素の中にはv1、v2、...、vnが作るベクトル空間の中に無いベクトルは存在せず、また、v1、v2、...、vnによって作られるベクトル空間の要素の中には、v1'、v2'、...、vn'が作るベクトル空間の中に無いベクトルが存在しないことを意味する。 お互いがお互いに相手の中に無いベクトルを持たないということは、2つのベクトル空間は完全に同じ要素しか持っていないことを意味する。 仮に2つのベクトル空間の要素に違いがあったら、片方のベクトル空間にあるのに、もう片方のベクトル空間の中には無いベクトルがあるということになって今の状況と矛盾する。 つまり2つのベクトル空間は同じである。

これが何を意味しているかというと、あるベクトル空間からn個の一次独立なベクトルを選んでベクトル空間を作ったら、あとはそのベクトル空間を表すのには何も最初に選んだn個のベクトルにこだわる必要はなく、新しいベクトル空間から一次独立なn個のベクトルを選びさえすれば、それは同じようにその新しいベクトル空間を作ることができるのである。 この際に注意しなくてはいけないのは、最初のベクトル空間からn個の一次独立なベクトルを選んだ後で、その一次独立なベクトルが作る新しいベクトル空間の要素以外の要素を新しいn個のベクトルに選んではいけない点である。 あくまでも新しいベクトル空間の中からn個の一次独立なベクトルを選びなおさなくてはならない。

このように、n個の一次独立なベクトルが作る新しいベクトル空間は、その空間の中から別のn個の一次独立なベクトルを選んでも作られるベクトル空間は同じになるという性質がある。 あるいは、先にあるベクトル空間があるのが分かっていたとして、それがn個の一次独立なベクトルによって作られるベクトルであることが分かったとしたら、後はどんなベクトルの組を取ろうとも、それが一次独立でn個であればそのベクトル空間を作ることができるのである。

だが、もう少し議論をしっかりさせるために、n-1個のベクトルやn+1個のベクトルではなぜいけないのかを確認しておく。 一次独立なn-1個のベクトルではなぜいけないのかと言えば、例えばn個のベクトルとして、v1、v2、...、vn-1、vnというベクトルを選んでいれば、例えばn-1個のベクトルとしてv1、v2、...、vn-1を選んだとしたら、仮にこのn-1個のベクトルが一次独立だったとしても明らかにn個のときに表すことができていたベクトルを表せなくなる。

またn+1個のベクトルをn個のベクトルが作った新しいベクトル空間から選んだとして、例えばv1、v2、...、vn、vn+1と選んだとして、これが一次独立だと仮定しても、これらのベクトルはn個のベクトルが作るベクトル空間の要素なのだから、vn+1はn個のベクトルの一次結合で表されてしまう。 そうなると、例えば、

k1・v1+k2・v2+...+kn・vn+(-1)・vn+1=k1・v1+k2・v2+...+kn・vn-(k1・v1+k2・v2+...+kn・vn)

=0

となって、一次従属になってしまう。 つまり、ベクトルの数はn-1でもn+1でもなく、ぴったりnでなければならない。

このようにあるベクトル空間の中から一次独立ないくつかのベクトルを選んで、それらのベクトルの一次結合が作るベクトル空間を考えることができる。 この新しく作ったベクトル空間は、元のベクトル空間の一部分を取り出した空間になっている。 なぜなら、新しいベクトル空間の要素であるベクトルは全て元のベクトル空間の中の要素であり、逆に元のベクトル空間の中の要素のいくつかは、新しいベクトル空間の中に入っていない場合があるからである。 このように、あるベクトル空間の一部分を占めるベクトル空間のことを、そのベクトルの部分空間と呼ぶ。 一部分を占める空間なので、部分空間と呼ばれるのである。 また、その部分空間を作っている一次独立なn個のベクトルのことを基底と呼び、その部分空間の基底の個数をその空間の次元と呼ぶ。 また、n次元のベクトル空間はn次元空間と呼ばれる。 もしも基底の数が限り無く大きな数である場合は次元は無限になると言う。

今までの話をまとめると、あるベクトル空間からn個の一次独立なベクトルを選べば、それを基底にしてn次元の部分空間を作ることができるということである。 そして、その部分空間はその空間の中から選んだベクトルなら、どんなベクトルだろうとそれがn個で一次独立であればその部分空間を作ることができる。 部分空間を作るというのは、その空間の中のベクトルを基底の一次結合で表すことができるということである。 ちなみに部分空間を作る前の、元のベクトル空間にもやはり基底はあり、その数の一次独立なベクトルさえ使えば空間内の全てのベクトルを表すことができる。 その基底の数をその空間の次元と呼ぶ。 このように、ベクトル空間にはそれを作る規定があり、その数によって空間の次元を定義することができる。

7.2.3 ベクトルの例

数の組み

これまでは完全に抽象的な代数系についての議論をしてきた。 そして一次独立や一次従属、ベクトル空間や部分空間、基底や次元といった概念を考えてきた。 それらの議論は完全に一般的で抽象的なものだった。 なぜこんな抽象的な議論を続けてきたかというと、一度抽象的な議論を済ませてしまえば、その議論は代数系としての定義を満たす様々な具体的なベクトルの全てに例外なく当てはまるからである。 これから、今まで見つけてきた一般的な事実関係を個別の具体例に当てはめていく。 それを通して議論を抽象化、一般化する利点を説明したい。

これまでにも力、位置、速度、加速度などの様々な具体的なベクトルを扱ってきた。 それらは全て3つの数字の組み合わせで表すことができた。 (x,y,z)などといった様にである。 この、数の組み合わせはベクトルの定義を満たす。 まず、ベクトルの足し算とスカラー積を次のように定義する。 x、y、z、で実数、aで実数を表して、

(x,y,z)+(x',y',z')=(x',y',z')+(x,y,z)=(x+x',y+y',z+z')
a・(x,y,z)=(ax,ay,az)

と定義する。 スカラーは体の要素でなくてはならないが、実数は体を成すのでこれで合っている。 こうすれば、これが結合法則や分配法則を満たすのが分かる。 結合法則は、

(x,y,z)+[(x',y',z')+(x",y",z")]=(x,y,z)+(x'+x",y'+y",z'+z")

=(x+x'+x",y+y'+y",z+z'+z")
=(x+x',y+y',z+z')+(x",y",z")
=[(x,y,z)+(x',y',z')]+(x",y",z")

となるし、

a・[b・(x,y,z)]=a・(bx,by,bz)

=(abx,aby,abz)
=(ab)・(x,y,z)

となるので成り立っている。 分配法則は、

a・[(x,y,z)+(x',y',z')]=a・(x+x',y+y',z+z')

=(a(x+x'),a(y+y'),a(z+z'))
=(ax+ax',ay+ay',az+az')
=(ax,ay,az)+(ax',ay',az')
=a・(x,y,z)+a・(x',y',z')

となり、また、

(a+b)・(x,y,z)=((a+b)x,(a+b)y,(a+b)z)

=(ax+bx,ay+by,az+bz)
=(ax,ay,az)+(bx,by,bz)
=a・(x,y,z)+b・(x,y,z)

となるので成り立っている。 零ベクトルと単位元は、

0=(0,0,0)
1・(x,y,z)=(x,y,z)

とすればいいので確かに存在する。 ベクトルの足し算の逆元の存在は、

(x,y,z)+(x',y',z')=(x+x',y+y',z+z')

=(0,0,0)

とならないといけないのだが、これは(x,y,z)に-1をスカラー算して、(-x,-y,-z)とすればこれが逆元になる。 つまり、

(x,y,z)+(-x,-y,-z)=(x-x,y-y,z-z)

=(0,0,0)

となって、確かに逆ベクトルになっている。 このように、数の実数の組み合わせに足し算とスカラー算を定義すれば、これはベクトルの定義を満たす。 今は3つの数の組み合わせについて調べたが、同じ話が2つの数の組でも4つの数の組でも、いくつの数の組でも成り立つ。 つまり、(x,y)とか、(x,y,z,t)のような、組み合わせる数が2つだったり4つだったりする場合も成り立つのが分かる。 よって実数の組み合わせはベクトルである。

このように、数の組み合わせがベクトルであることが分かった。 ベクトルであればベクトル空間を成すし、基底や次元といった概念を利用することができる。 ひとまず3つの数の組み合わせで表されるベクトルだけを考える。 この場合一次独立なベクトルは何個あるのだろうか。 まずは一番簡単なベクトルを考えて、

e1=(1,0,0)

となるように考える。 基底の数は1つでもいいので、このベクトルを基底にしたベクトル空間が作れるはずである。 それはどんなベクトル空間になるのかというと、ある実数をk1で表して、

v=k1・e1

=k1・(1,0,0)
=(k1,0,0)

となる。 これは単なる数の集まりである。 だが、もしこれをx方向への距離だと考えれば、これは距離を測る基準点を零ベクトルの位置にしたとき、そこからxの正の方向にk1だけ移動した場所を表している。 k1はどんな実数でもいいので、vはx方向に好きな距離動いた場所の全ての位置の集まりということになる。 これはx方向に伸びている直線の上の場所の全てを集めた集合ということになる。 k1はスカラーで、実数という体の中から選んだ何でもいい数なので、正にもなれば負にもなるのに注意すると、vはxの正の方向にも負の方向にも、好きな距離移動した場所全ての集合ということになり、仮に左右をx方向としたなら、距離を測る基準点から左右にどこまでも伸びる直線の上の場所の全てを表すことになる。 つまり、vは直線である。

vは直線というベクトル空間である。 この基底は(1,0,0)という基底である。 基底が1つのベクトル空間なのだから、直線は1次元の空間だということになる。

さて、このように基底を選び、1次元の直線というベクトル空間を考えることができた。 直線というベクトル空間は、直線の上にある全ての場所の集まりから成る集合のことである。 このような1次元のベクトル空間が見つかったのなら、何も基底を(1,0,0)に限っておく必要はなく、直線の中からなら好きなベクトルを選んで使うことができる。 そのベクトルとして、例えば(-4,0,0)を使ってみる。 これは、

v=(-4)・e1

=(-4,0,0)

とすれば、確かに直線の中の要素として含まれるベクトルである。 これを基底にして使っても、(1,0,0)を基底にして表したベクトル空間を問題なく表すことができるはずである。 それは抽象的な代数系を使った議論で確かめたのだから、間違いなく正しい事実である。 今の場合もそれが成り立っているはずなのだが、それは、

v'=k1'・(-4,0,0)

=(-4k1',0,0)
=-4k1'・(1,0,0)
=k1・e1

ということで、もしもk1=-4k1'という関係が成り立つようにk1やk1'を選ぶことができれば、確かに(1,0,0)でも(-4,0,0)でも、どちらを基底として使っても全く同じベクトルを表すことができる。 つまり、(1,0,0)を基底に使ったときに(2,0,0)を表すには、k1=2とすればいいが、(-4,0,0)を基底に使ったならk1'=-1/2とすれば、確かに、

v'=-1/2・(-4,0,0)

=(-4(-1/2),0,0)
=(2,0,0)

となって(1,0,0)を基底に使って表したベクトルを表すことができた。 これと同じことを全てのベクトルでやればいいので、確かに(1,0,0)を基底に使っても、(-4,0,0)を基底に使っても同じベクトル空間を表すことができる。 このように、元のベクトル空間の部分空間として、x方向に伸びる直線を取り出したら、その直線上にあるベクトルなら何を基底に使っても同じ直線をベクトル空間として作ることができる。

さて、今はx方向の直線を考えた。 では、このベクトル空間の中に他には直線は無いのだろうか。 今はx方向の直線を考えたが、例えばy方向へ伸びる直線を考えることもできるのではないか。 x方向の直線の基底は(1,0,0)のようなものだったのだから、試しに(0,1,0)という基底を使ってベクトル空間を作ってみると、

v=k1・e2

=k1・(0,1,0)
=(0,k1,0)

となる。 これはy方向に伸びる直線になる。 直線は直線でも、x方向に伸びている直線とy方向に伸びている直線では向きが違う。 つまりそれらのベクトル空間の中に含まれるベクトルが違う。 実際、(k1,0,0)と(0,k1,0)を比べても零ベクトル以外には同じベクトルは1つも無い。

このように、3つの数の組み合わせが作るベクトル空間の中から似ているが違う、(1,0,0)と(0,1,0)という基底を選んで部分空間を作ることができるが、その2つの部分空間は違うものである。 違う基底を使って作った部分空間は、普通は違うものになる。 しかし、もしその2つが同じ部分空間から選ばれているなら、作る部分空間も同じものになるのである。

次は基底の数を増やして2つの基底を使った2次元空間を考えてみる。 さきほど直線を考えるのに使った(1,0,0)と(0,1,0)という基底を使って一次結合を考えてみる。 まずは(1,0,0)と(0,1,0)が一次独立であることを確かめないといけないが、この一次結合は、

v=k1・e1+k2・e2

=k1・(0,1,0)+k2・(0,1,0)
=(k1,k2,0)

となって、これはk1=0、k2=0である場合、つまり一次結合に出てくるスカラーが全て0である場合以外に零ベクトルにはならない。 よって、(1,0,0)と(0,1,0)は一次独立であり、その一次結合は2次元のベクトル空間を成す。 ちなみにこのベクトル空間は、vが位置を表していると考えると、基準点と同じ高さで前後左右に好きな距離行った場所の集まりである。 なのでこれは基準点と同じ高さの平面の上の全ての場所を表していることになる。 2次元空間は平面になるのである。

今は(1,0,0)と(0,1,0)を基底にして2次元空間を作ったが、作られた2次元空間の中からなら、どんな2つの一次独立なベクトルを基底として選んでも同じ2次元空間を作ることができる。 例えば(1,-2,0)と(3,0,0)を基底として選んでみる。 まずはこの2つのベクトルが一次独立であることを確かめなくてはならない。 そしてこの一次結合を考えると、

v=k1・(1,-2,0)+k2・(3,0,0)

=(k1,-2k1,0)+(3k2,0,0)
=(k1+3k2,-2k1,0)

となる。 もしこのベクトルが零ベクトルになるなら、

k1+3k2=0
-2k1=0

になるということで、-2k1=0ならこれを-2で割れば、

(-1/2)・(-2k1)=k1

=0

となって、つまりk1=0になる。 この関係と、k1+3k2=0を合わせると、

k1+3k2=0+3k2

=3k2
=0

ということで、つまり3k2=0ということである。 これを3で割れば、

(1/3)・(3k2)=k2

=0

ということになる。 つまり、k2=0になる。 これは、(k1+3k2,-2k1,0)が零ベクトルになるなら、k1=0であり、k2=0でもあるという意味である。 これは、一次結合に使うスカラーが全て0でないと零ベクトルにならないということで、(1,-2,0)と(3,0,0)が一次独立であることを表している。 そしてこれらのベクトルの一次結合は、

v=(k1+3k2,-2k1,0)

となる。 これは

k1=(-1/2)k2'
k2=(1/3)k1'+(1/6)k2'

とすれば、

v=(k1+3k2,-2k1,0)

=([(-1/2)k2']+3[(1/3)k1'+(1/6)k2'],-2(-1/2)k2',0)
=(-k2'/2+k1'+k2'/2,k2',0)
=(k1',k2',0)
=k1'(1,0,0)+k2'(0,1,0)
=k1'・e1+k2'・e2

となって、(1,-2,0)と(3,0,0)を基底として使って表したベクトルを(1,0,0)と(0,1,0)の基底を使って表すことができる。 (1,-2,0)と(3,0,0)を基底として使って作られる2次元空間の中のどんなベクトルでもk1=(-1/2)k2'、k2=(1/3)k1'+(1/6)k2'という関係を満たすようにスカラーを選べば、(1,0,0)と(0,1,0)の一次結合で表すことができるのである。 このように、同じ2次元空間の中から選ぶのであればどんなベクトルであれど、それが2つの一次独立なベクトルならば同じベクトル空間を作るのが分かる。 抽象的な議論で求めておいた結果が、具体的な場合に完全に当てはまっているのが分かる。

このようにある2次元空間の中から、つまり平面の中から、2つの一次独立なベクトルを選べばどんなベクトルを選んでも同じ平面をベクトル空間として作る。 しかし、平面にも様々な種類の平面があるはずである。 今見たのは、高さ0にある前後左右に広がる平面である。 他にも例えば、(0,1,0)と(0,0,1)という基底を使って2次元空間を作れば、

v=k1・(0,1,0)+k2・(0,0,1)

=(0,k1,0)+(0,0,k2)
=(0,k1,k2)

となって、これはy方向を前後とするなら、前後上下に広がる平面になる。 このように同じ2次元空間でも基底が違うと、普通は違った平面を作ることになる。 偶然同じ平面から2つの基底を選んだときにだけ、同じ平面を作るのである。

これまで基底が1つの場合と2つの場合を考えてきた。 基底が1つの場合は作られる部分空間は直線になり、2つの場合は平面になった。 次は3つの基底を使った場合を考える。 まずは(1,0,0)、(0,1,0)、(0,0,1)という3つのベクトルを基底に使って一次結合を考えると、

v=k1・e1+k2・e2+k3・e3

=k1・(1,0,0)+k2・(0,1,0)+k3・(0,0,1)
=(k1,k2,k3)

となる。 これを位置を表すベクトルだと考えれば、x方向にk1、y方向にk2、z方向にk3行った位置を表している。 また、これが零ベクトルになるのは、全てのスカラーが0である場合だけだから、3つのベクトルは一次独立であることが分かる。 つまり、この3つのベクトルは基底であり、作られる空間はベクトル空間になる。 そしてその空間は前後左右上下に広がった、普通の空間そのものである。 3次元空間は普通の空間である。

そして今の場合、3次元よりも上の次元の部分空間は無いことが分かる。 それは、一般的なベクトルをv、ある0でない実数をaと表して、もし4つのベクトルが一次独立ならその一次結合、

k1・e1+k2・e2+k3・e3+a・v

は零ベクトルになることはない、ということだが、仮にこれが零ベクトルになるとすると、

k1・e1+k2・e2+k3・e3+a・v=0

a・vを引き算して-aで割れば、

v=-(k1/a)・e1-(k2/a)・e2-(k3/a)・e3

=(-k1/a,-k2/a,-k3/a)

となって、これはaが0でない限りはきちんと定義することができて、vをこのように選べば、4つのベクトルの一次結合はベクトルに掛かっている数が0でなくとも零ベクトルになる。 つまりどのようなベクトルを選んでも、4つ目のベクトルを加えるとそれらのベクトルの組はもはや一次独立なベクトルにはならない。 つまり4つのベクトルの組は基底として使うことはできない。 3つの数の組み合わせによって作られるベクトル空間には4次元の部分空間は無い。 3次元空間までである。 それは3つの数の組み合わせによって作られるベクトル空間は3次元空間であることを意味している。

3つの数の組み合わせによって作られるベクトル空間は3次元空間なので、このベクトル空間の中のどんなベクトルも3つの一次独立なベクトルの一次結合で表すことができる。 これは、このベクトルを位置ベクトルだと思えば、どんな位置でも前後左右上下の方向の移動の足し算で表すことができるという、第6章で学んだ内容と一致する。 これは物理的な位置の性質をベクトル空間という代数系の数学を調べることで説明できたことになる。 このように既に分かっている性質についてより深い議論ができるようになるのも抽象化の利点である。

さて、3つの数の組み合わせによって作られるベクトル空間は3次元空間であるので、3つの基底を使えばどんなベクトルを使ってもそれを表すことができ、

v=k1・e1+k2・e2+k3・e3

=k1・(1,0,0)+k2・(0,1,0)+k3・(0,0,1)

となる。 3つの一次独立なベクトルならどんなベクトルでも基底になるので、v1、v2、v3という3つのベクトルを選んで、それが一次独立なら、

v=k1・v1+k2・v2+k3・v3

で3次元空間内の全てのベクトルを表すことができる。

このように3つの数の組み合わせで表されるベクトルは3次元空間であるが、同じように(x,y)2つの数の組み合わせで表されるベクトルも考えることができて、これは2次元空間を成す。 また、(x,y,z,t)のように4つの数の組み合わせで表されるベクトルは4次元空間を成す。 一般的に言って、n個の数の組み合わせで表されるベクトルはn次元空間を成す。 それは3次元空間の時と同じような議論をすれば分かるので、気になる読者は自分で確かめてみて欲しい。

数列

このようにいくつかの数の組み合わせを考えれば、それはベクトルになる。 ベクトル空間の定義が当てはまるものは他にも沢山ある。 その1つが数列である。

数列とはいくつかの数が並んだもので、例えば1、2、3、4、・・・といった数列や、1、4、9、16、・・・といった数列が考えられる。 このような数列を{an}とか{bn}などと表せば、数列と数列の足し算とスカラー算を実数の上で、

{an}+{bn}={bn}+{an}={an+bn}
c・{an}={c・an}

と定義すればこれはベクトル空間の定義を満たす。 それを確かめると、ベクトルの足し算の結合法則は、

{an}+({bn}+{cn})={an}+{bn+cn}

={an+bn+cn}
={an+bn}+{cn}
=({an}+{bn})+{cn}

となり成り立ち、スカラー算の結合法則は、

d・(c・{an})=d・{c・an}

={dc・an}
=(d・c)・{an}

となって成り立つ。 次は分配法則だが、

c・({an}+{bn})=c・{an+bn}

={c・an+c・bn}
={c・an}+{c・bn}
=c・{an}+c・{bn}

となって、また、

(c+d)・{an}={(c+d)・an}

={c・an+d・an}
={c・an}+{d・an}
=c・{an}+d・{an}

となるので成り立つ。 零ベクトルには{0}を選べばよく、スカラー積の単位元には1を選べばいい。 このように足し算やスカラー算を定義すれば数列の集まりはベクトル空間の定義を成すのが分かる。 よって数列はベクトルである。

数列はベクトルなので、全ての数列の集まりを集めた集合を考えればこれはベクトル空間になる。 その中から例えば{n}と{n2}という2つの数列を選んで基底にして部分空間を考えてみる。 まずはこの2つの数列が一次独立であることを確かめる。 この2つの数列の一次結合は、

c1・{n}+c2・{n2}={c1・n+c2・n2}

={(c1+c2n)n}

となるが、これが零ベクトルとなるには、すべてのnで(c1+c2n)n=0となる必要があって、これはc1とc2が両方0でなければ成り立たない。 つまり、{n}と{n2}は一次独立である。

2つの一次独立なベクトルの作る部分空間は2次元空間である。 今の場合は、

{an}=c1・{n}+c2・{n2}

={c1・n+c2・n2}

と表される全ての数列を要素として持つ集合になる。 この集合には例えば、{n+n2}とか{n+3n2}とか{4n-7n2}といった数列が要素として含まれる。

さて、このような議論で数列がベクトルであることは分かった。 しかし、これは先ほど見た数の組み合わせというベクトルとは全く違うように見える。 数の組み合わせと数の組み合わせを足したら数の組み合わせになり、数列と数列を足したら数列になるのだから、2つは同じようにベクトルの性質を持っているのだが、見た目がずいぶん違う。 そこで何か共通点を見つけられないかと、2つの場合を並べて見てみると、

v=k1・(1,0)+k2・(0,1)

=(k1,k2)

{an}=c1・{n}+c2・{n2}

={c1・n+c2・n2}

となっている。 2つの場合をよく見比べると、まず{}を()に書き換え、次に+を,に書き換え、nとn2を取り除いたら、

{c1・n+c2・n2}→(c1,c2)

となって、数の組み合わせのときと全く同じように書き表すことができる。 全く同じように書き表すことができるのだが、本当に全く同じように書き表してしまったのでは、どちらが数の組み合わせによるベクトルでどちらが数列のベクトルなのかの区別ができなくなってしまう。 そこで、数列のベクトルをこのように書くときは省略している部分をどこか別のところに書いておかなくてはならない。 今の場合はどんな数列を基底に使っていて、それをどんな順番で並べているか、さえ分かれば、数列のベクトルを数の組み合わせのように表しておいても後から数列を再現できる。 つまり、今の場合は、{n}と{n2}をこの順番で基底として使う、とあらかじめ断っておけば、

{n+n2}=(1,1)
{n+3n2}=(1,3)
{4n-7n2}=(4,-7)

といった様に数列を書き表すことができる。 同じようにもし、{n}と{n2}と{n3}をこの順番で基底として使うと断っておけば、

{n+4n2-6n3}=(1,1,-6)

と書き表すことができる。 このように書き表せば、複雑な計算も簡単に書き表すことができて、例えば、

{n+4n2-6n3}+{-5n+2n2+7n3}+{n-n2+2n3}={-4n+6n2+n3}+{n-n2+2n3}

={-3n+5n2+3n3}

というような、少し複雑な計算も、

(1,4,-6)+(-5,2,7)+(1,-1,2)=(-4,6,1)+(1,-1,2)

=(-3,5,3)

と書くことができ、少し計算が見やすくなる。 このように、数の組み合わせも数列もベクトルとして扱うことができ、同じように書き表すことができるのである。 数列に限らず、ベクトル空間のベクトルは全て、どんな基底を使っているのかさえあらかじめ書き表しておけば、数の組み合わせで書き表すことができる。

物理的なベクトル

これまでは数学的なベクトルを扱ってきた。 これらの議論はそのまま日常目にする、力、位置、速度、加速度などの物理的な大きさと向きを持つ量としてのベクトルに当てはまる。 それは第6章や第4章で詳しく論じた。 これらのベクトルは前後左右上下の向きに働く力や、その方向への移動などを考えれば全ての力や位置、速度、加速度などを表すことができた。 これはこれらのベクトルが3次元空間を成していることを意味する。

例えば位置を例にとって考えると、物の位置は(x,y,z)という3つの成分で表すことのできるベクトルだった。 これは、e1=(1,0,0)、e2=(0,1,0)、e3=(0,0,1)というように表せば、

(x,y,z)=(x,0,0)+(0,y,0)+(0,0,z)

=x・(1,0,0)+y・(0,1,0)+z・(0,0,1)
=x・e1+y・e2+z・e3

となる。 これは位置ベクトルの集まりがe1、e2、e3という3つの基底を使って表される3次元空間であることを意味している。 このベクトル空間の中にある全ての位置ベクトルはこの3つの基底の一次結合で表すことができる。 しかし3次元空間であるということが分かったのだから、一時独立な3つのベクトルであれば、どんなベクトルを基底に使っても同じようにベクトル空間の中の全てのベクトルを表すことができる。 つまり、一次独立なv1、v2、v3という3つのベクトルを選んだら、それがどんなベクトルでも、

(x,y,z)=k1・v1+k2・v2+k3・v3

となるようにk1、k2、k3を選ぶことができるということである。 今まではe1、e2、e3という基底を使ってきたが、別にどんな基底を使っても同じベクトル空間を作るのだからどちらでもいい。

しかしこれらの2つの基底は違う。 2つの基底の違うところは、片方は前後左右上下という、お互いに直角に交わる方向を基底に使っているのに対し、一般的なベクトルは傾いたベクトルを基底に使っているという点である。 例えば、e1、e2はそのまま使うにしても、e3をv3=(1,1,1)というベクトルに変えてみる。 3つ目のベクトルは前と右と上を正の方向としているなら、右斜め前上空を表す位置ベクトルである。 真上ではなく、斜め上なのである。 このようなベクトルを基底に使っても、やはり3次元空間をきちんと作ることができる。 つまり、一般的な3つの一次独立なベクトルを使った場合は真横や真上ではなく、斜めに向かったベクトルを利用して位置を表していることになる。

このように斜めを向いたベクトルを使って位置を表した場合にもやはり3つの数の組み合わせで位置ベクトルを表すことができる。 それは、あらかじめv1、v2、v3という3つのベクトルをこの順に基底として使う、と断っておけば、

(x,y,z)=k1・v1+k2・v2+k3・v3

=(k1,k2,k3)

と表されるということである。 これはもし、v1=e1、v2=e2、v3=e3とすれば、

(x,y,z)=x・e1+y・e2+z・e3

=(x,y,z)

となって、単に元に戻るだけである。 しかし、この関係は一般的なベクトルにも当てはめることができる。 このような、斜めに傾いたベクトルを使って位置を表すのを、斜交座標系を使って位置を表すなどと言う。 斜めに傾いたベクトルを使った座標を斜交座標とか斜交座標系などと呼ぶからである。 ちなみに、傾いていない、お互いに直角に交わったベクトルを使った座標は直交座標と呼ばれる。

斜交座標が便利なのは傾いた床を物が滑っていく運動などを表現する場合である。 例えば調度45度傾いた床の上を物が滑っていくとする。 そうすると、横に進むのと同じ距離を下に落ちないと45度の角度を滑っていることにはならないので、その位置ベクトルは時間をtで表して、

(x,y,z)=(0,t,t)

=(0,0,0)+t・(0,1,0)+t・(0,0,1)
=0・e1+t・e2+t・e3

などのように表すことができる。 基底を使って書けばこの意味は分かりやすくて、時間tが大きくなればなるほど、位置ベクトルを作っているベクトルのe2とe3に掛かっているスカラーの大きさが大きくなる、つまりその方向に長い距離進む、ということである。 これを斜交座標を使って表すなら、

v2=e2+e3

となるようにv2を選ぶといい。 もしv2をこのように選んだら、

(x,y,z)=0・e1+t・e2+t・e3

=(0,0,0)+t・[(0,1,0)+(0,0,1)]+(0,0,0)
=0・(1,0,0)+t・[(0,1,0)+(0,0,1)]+0・(0,0,1)
=0・e1+t・v2+0・e3

となる。 これを3つの数の組み合わせによって書けば、e1、v2、e3をこの順に基底に使うとして、

(x,y,z)=(0,t,0)

と表すことができる。 変数が1つ減って、あたかもy方向の移動しかないかのように見える。 なぜこのようなことが起こったかというと、y方向の運動を表す基底を斜面に沿った方向に変更したからである。 言い換えると、運動を見ている人が斜面と同じように45度の角度に傾いてこの運動を眺めれば、その人にとっては物は真横に動いているように見えるのだから、y方向の運動しかなくなるのは当然である。

このように位置を測る座標を変える手続きは座標変換と呼ばれている。 その名の通り座標を変換する手続きだからである。 このような座標変換は力や速度や加速度のような他のベクトルを簡単に書くのにも使うことができる。

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