第4章 物理2 力とその数学的表現

要約

力学は力の学問である。物にどのような力が働いているかを理解できるようにならなくては力学は理解できない。物に力が働いたら動き出すという当たり前の事実から、物に力が働いているのに動き出さないならその物に働いている力は打ち消しあっているという大切な事実が導き出される。この事実を使えば身の回りの物に働く力を探し出すことができる。力は数学的にはベクトルとして扱うことができる。それは力は足し合わせたり実数倍したりできるからである。力をベクトルとして扱うことで力を計算することができるようになる。

目次

4.1 力の物理的表現

4.1.1 力を見つける

今からは物理の基礎的な分野である力学を勉強していきます。
力学とは物の動き方にある法則を見つけ出し、物の運動の様子を理解しそれを現在の状況に適用することで未来を予測する学問です。
発想としては天体の動きや位置が運勢に与える影響を理解し、未来を予測する占星術と同じです。
占星術の発展は止まってしまいましたが、力学は発展し続け、今ではかなりの精度で未来を予測できるようになっています。
ここでは力学の中で使われる力という概念について説明します。

力学というのは読んで字の如く、力の学問です。
ここで言う力というのは日常的な意味で使われる力と同じ意味です。
手で物を動かす時は力をかけますね。
その力です。
では、世の中にどのような力があるか調べていきます。
力の存在を体験するには、実際に自分の手にその力を感じればいいのです。
人と腕相撲をしたときは相手が自分の腕を押すために力をかけてきます。
その時自分の腕は押し返すような力を感じます。
もし何か物を触った時に同じように押し返す感覚を感じたなら、それはその物から力が自分の手に働いているということです。
このようにして物に働く力を見つけることができます。
それでは身近にある物を手に持ってみてください。
そしたら手のひらに重さを感じるはずです。
当然です。
ですが良く考えてみてください。
その重さ、という感覚と腕相撲の時に手のひらを押し返す力と何か違いがあるでしょうか。
よく考えてみると、その2つの感覚には何の違いもないと分かると思います。
つまり物を持ったときに手はなんらかの力を感じるのです。
その力には重力という名前がついています。
日常的に手に持てる物には常に重さがあるので、普通の物には必ず重力が働いているのが分かります。
他にも、机や壁などの硬いものを手で押した時にも押し返すような感覚を感じます。
物に力をかけると、物はそれに抵抗して反発するような力を発生させるのです。
これは垂直抗力と名前がついている力です。
他にも物の表面をこすると、こするのと逆の方向に皮が引っ張られるような力を感じます。
これは物の表面のざらざらに手がひっかかって生まれる力です。
これは摩擦力と呼ばれています。
他にも机などの物の上に置いてある物を横から押した時にも抵抗するような力を感じます。
それは机とその物の触れ合っている部分に摩擦力が働くからです。
このように世の中には様々な力があります。
今は自分の手と物の間に働く力を見てきましたが、これらは物と物の間になら常に働く力です。
つまり、物が机の上に乗っていたらその物には重力が働いているし、その重力が机を押すので、机からは垂直抗力が働くのです。
このように力の存在が分かれば、物と物の間にどのような力が働くかも予測ができるのです。
そして物にどのような力が働いているかが分かれば物がどのような運動をするかが分かります。
なので力について学ぶことが重要なのです。

4.2 力の数学的表現

4.2.1 ベクトルと力

それでは力を数学で表す方法について説明していきます。
力はベクトルという数学的な概念で表されます。
ベクトルとは、非常に大雑把に言うと次のような性質を満たす概念です。
ベクトルとベクトルの間に足し算という計算が定義でき、結果もベクトルとなる。
ベクトルを実数倍する計算が定義でき、結果もベクトルとなる。
より正確な定義は最後に紹介しておくので、今知りたい人はちょっと飛ばして確認してきてください。
では力がベクトルの定義を満たす概念であることを確認します。
力の足し算は、同じものに2つ以上の力をかけることに対応します。
2つの力を同時に1つのものにかけると、1つの時より強い力になったり、弱い力になったりします。
これは普通の数に正の数を足したり負の数を足したりするのと同じことです。
また、あらかじめ1つの力がかかっている物にもう1つの同じ力をかければそれは始めの2倍の力になります。
これは力を実数倍したことになります。
なので力はベクトルという概念として扱える事が分かります。
あとは数学の本を読んでベクトルについて学びさえすれば力の性質について理解できることになります。
ベクトルの性質は完全に数学的な性質によって決まります。
そのベクトルと、物理的な現実に存在する力の性質が同じだというのは、まったくの偶然です。
力の性質について調べたら、それがベクトルで表されることが分かった、というだけです。
なのでもっと厳密に調べたら、実は微妙にベクトルとは違った性質を持っていた、ということが新事実として判明するかもしれません。
自然科学は自然をよく観察して、今ある観測結果と一致する理論を作る事しか出来ません。
そうなったらそうなった時に新しい理論体系を作って、もっと一般的な力学を作ればいいのです。
それでは力をベクトルとして扱ってもっと詳しく調べていきます。
まず重要なのは力には方向があるということです。
物に力をかければ、物は押されて動きます。
力がかかった方向に物は動きます。
力をかける方向が変われば、物が動く方向も変わります。
これは、力には働く方向という性質があることを意味しています。
例えば何か物を机の上に置きます。
これを手前から奥に押せば、物は奥に動き出します。
逆に奥から手前に押せば、物は手前に動き出します。
これは前後の動きを生み出す力です。
一方右から左に押せば、物は左に動き出します。
逆に左から右に押せば、物は右に動き出します。
これは左右の動きを生み出す力です。
さて、机の上の動きは他にもいろいろあります。
斜めに動くこともできるし、ジグザグに動く事もできます。
物を斜めに押せば斜めに動くし、ジグザグに押せばジグザグに動きます。
しかし実はこのような動きは全て前後の動きと左右の動きの組み合わせで再現可能なのです。
例えば左斜め奥に動かす場合は両手を使って奥と左に同時に押せば斜めに動きます。
このように前後と左右に力をかけることで、その割合や向きを調節することにより、机の上のどんな方向にでも物を動かせるのです。
今は机の上という平面の上での動きだけを考えていましたが、これに立体的な空中の動きも考えるようにすると高さの上下に関する動きも出てきます。
なので、物の動きは前後左右上下の動きの組み合わせであり、そういう方向に働く力の組み合わせによって、物を自由な方向に動かせるようになります。
これは何を意味しているかというと、力には特別な基礎的方向がある、ということです。
前後左右上下の3方向の力を組み合わせることで、あらゆる方向に物を動かす事が出来ます。
つまり、この3方向は何か基礎的な方向だということです。
この世界には、このような特別な方向というものが存在します。
とはいえ、自分から見て前後左右であっても、斜め隣にいる人から見たら、それはその人にとっての前後左右とは微妙にずれた方向になっています。
なので、重要なのは3つの方向、ということで、それがどの人から見た前後左右上下なのか、というのには意味は無いのですが、それはひとまず置いておきます。
とにかく、この世界には特別な方向というのがあって、その方向の力を組み合わせることによってどんな力でも再現できるのです。
これは逆に言えばどんな力でもこの3つの方向に働く力の組み合わせとして考えられるということです。
例えば、机の上におかれた物について考えてみると、物に右斜め奥に力をかけている時、その力は奥と右向きに同時に2つの力をかけているのと同じです。
これらの2通りの力のかけ方は、どちらも完全に同じように物を動かします。
なのでこの2通りの力のかけ方は、物の動き方だけを考えている間はまったく同じとして考えることができます。
どちらにしても同じなのですから、その時の都合に合わせて便利な方を選んで使えます。
斜めに力がかかっている時は、力は1つですが方向をどの程度斜めなのかを考えなくてはならないですが、前後左右の2つの力がかかっている時は力は2つですが方向がはっきり分かっているので、むしろこの方が考えやすい時があります。
例えば2つの力が物にかかっている時に、その力を足し合わせる時などはそれぞれの力を前後左右に働く2つの力の組み合わせとして考えた方が分かりやすくなります。
前後の方向に働く力が2つ以上同じ方向に働いている時は、力は単純に強めあうだけです。
反対向きに働いている時は、こちらから押している時に向こうから押し返すということなので、弱めあいます。
これは負の力を足すことに対応します。
左右に働く力も同じように強めあったり弱めあったりします。
なので、斜めに2つの力が同時にかかっている時は、それらの2つの力をそれぞれ前後左右にかかっている2つの力の組み合わせだと考え、前後にかかっている2つの力を足し合わせ、左右にかかっている力も足し合わせ、その後でそれらの足し合わせた後にできる新しい2つの前後左右にかかっている力に対応する斜めにかかる力を考えれば、始めに斜めにかかっていた2つの力の合計が分かるのです。
このようにして計算していけば、いくらでも力を足し合わせることができ、1つの物に同時に複数の力が働いているときに、それらの力の合計がどのような力になるのかが分かるのです。

それではもっと詳しく数学的な力の表現について説明していきます。
力には大きさがあります。
それは基準になる、ある一定の力何個分の力か、という意味で数字で表すことができます。
基準の力と同じ大きさの力は大きさ1、基準の力の2倍の大きさの力は大きさ2、というわけです。
そしてあらゆる力は前後左右上下の力の組み合わせで現されます。
なので、前向きの力2、左向きの力1、上向きの力3、の組み合わせに対応する力が世の中には存在します。
さて、ではこういった方法で力を表し、それらを足してみましょう。
とりあえず方向を前後の方向だけに限定して考えてみます。
ある1つの力が前向きの力1、もう1つの力が前向きの力3、という力だったとします。
この2つの力を1つの物にかけたら、方向ごとに力を足し算すればいいので、結果は前向きの力4、ということになります。
これはある物に、基準と同じ強さの力と、その3倍の強さの力を同時にかければ、基準の4倍の力をかけたのと同じことになる、ということです。
では、前向きの力と後ろ向きの力が1つの物にかかっている時はどうなるのでしょうか。
前向きの力1と後ろ向きの力1が1つの物にかかっている時、それは前と後ろから同じ力で物を押しているということです。
そういう時は力は打ち消し合って何の力も働いていない時と同じように、物は動きません。
つまり、前向きの力1と後ろ向きの力1を足すと、打ち消しあって力0になる、つまり基準の力の0倍の力になる、といえます。
基準の力がどのようなものであっても、0を掛ければ0になります。
このように、前向きの力に対して後ろ向きの力はそれを打ち消すような力です。
つまり、前向きの力を1とすると、後ろ向きの力1は前向きの力−1と現されます。
正の数を打ち消す負の数になるのです。
このような表し方をすると、前向きの力1と後ろ向きの力1を足すのは、前向きの力1と前向きの力−1を足すことと同じになります。
1と−1の足し算ですから、結果は0です。
とてもつじつまが合っていて、うまくいっています。
つまり後ろ向きの力というのは、前向きの力を−1倍したものだということになります。
前向きの力を正の数倍しても、始めより大きな力になったり小さい力になったりするだけで、決して後ろ向きの力にはなりません。
1より大きな数を掛けたときは元より大きくなり、1/2のような1より小さい数を掛けたときは元より小さくなります。
だから負の数倍する、ということは力を強くしたり弱くするような作業とは違った、とても特殊なことで、それは力の向きをひっくり返すことを意味します。
このように負の力というものを導入することで、前後左右上下の力の代わりに前右上向きの力だけを考えればいいようになります。
後左下向きの力は、それぞれ前右上向きの力の負の数倍で現すことができるからです。
さて、これをふまえて、2つの力を同時に1つの物にかけたときにどのような力になるのかを計算する方法を紹介します。
まずは物にかかっている2つの力と同じ力になる前右上の力の組み合わせを探します。
そうしたら前、右、上方向にどれくらいの力がかかっている力なのかということが分かります。
そしたらそれらの3つの数を、前、右、上ごとに足し算すればいいのです。
そうして得られた3つの数字から、1つの力を考える事ができ、それが始めの2つの力の合計となります。
具体的に言うと、もしも1つの物に、前向きの力3、右向きの力5、上向きの力−2、という3つの力の組み合わせと同じ1つの力と、前向きの力−5、右向きの力2、上向きの力3という3つの力の組み合わせと同じ、もう一つの別の力がかかっていたとします。
この場合、この2つの力の合計は前向きの力−2、右向きの力7、上向きの力1、という3つの力の組み合わせと同じ1つの斜めにかかっている力です。
負の力を言い直すと、後ろ向きの力2、右向きの力7、上向きの力1、という力の組み合わせと同じ1つの力になります。
このように、その力と同じ力を現す3つの力の組み合わせが分かれば、あとは足し算で力の合計が分かるのです。
これは合計する力が何個あっても使える方法です。
ですが、いちいち右向きの力とか、下向きの力とか書くのは大変なので、それを省略して数字だけを並べて書くようにします。
つまり、前向きの力2、右向きの力1、上向きの力3、などと書く代わりに(2,1,3)などと書くのです。
その数字がどの向きに対応しているのかをいちいち解読しなくてはいけませんが、それさえ覚えれば、長ったらしく書いていたのを、すっきりと書くことができて便利です。
どの数字がどの向きに対応しているのかを見やすくするために、(前,右,上)=(2,1,3)などと書きます。
こうすれば最初の数字が前後の力に対応し、真ん中の数字が左右の力に対応し、最後の数字が上下の力に対応することが一目で分かります。
この方法なら、3つの数字の組み合わせであれば、どんな組み合わせでも力を現します。
例えば(-1,3,4)とか(9,0.2,-3)とか(1,0,0)などです。
最後の(1,0,0)は右向きの基準になる力の大きさを持つ力を現しています。
この書き方で2つの力を足し合わせる時は、(3,-4,6)+(2,1,2)=(5,-3,8)となります。
最初の数同士、真ん中の数同士、最後の数同士をそれぞれ足し合わせるだけです。
非常に簡単に力の合計の計算ができます。
なぜこんなに簡単に力の計算ができるのかというと、それは力を計算しやすい表現で表現されている場合だけを扱っているからです。
実際に身の回りにある力は手を押し返す力だったり、物が物を押す力だったりします。
これはまだ数字で表されていない、物質的、物理的な存在です。
まずはこれを数字に変えないといけません。
そのためには、その力と同じ力を生み出すような、前後左右上下の力の組み合わせを探さないといけないのですが、そのためには実際にその物に力をかけて、その力を打ち消して、その力がかかっている物を動かさずにその場に止めておけるような力を探し、その方向を逆転させればいいのです。
数字で書くと、まだ具体的にはわかっていなくても、ある力があったとします。
それを(2,3,4)と書いておきます。
こういう力を打ち消して、(0,0,0)という力にするには、(-2,-3,-4)という力を足さないといけません。
逆に言えば、よく分からないある力と(-2,-3,-4)という力が物にかかっていて、その合計が(0,0,0)となれば、その時にその物にかかっているもう一つの力は(2,3,4)となるのです。
このような方法で、現実にある力を数字で表す事が出来れば、あとはその数字を足すだけで、実際に物にかかる力を計算することができます。

4.2.2 ベクトルの正確な定義

それではここからはベクトルの正確な定義を説明していきます。
ベクトルとは次のような構造を持った概念のことです。
x,y,zが任意のベクトルであり、α,βが実数や複素数などの数であるとき、次のような条件を満たす足し算と掛け算が成り立つ時、それをベクトル空間と呼ぶ。
x+yがベクトルになるように足し算が定義できる。
αxがベクトルになるように掛け算が定義できる。
x+y=y+xのように、足し算の順番を変えても結果が変わらない。
(x+y)+z=x+(y+z)のように、何度も足し算をする時、その計算をどこからやっても結果が変わらない。
x+0=0+x=xのように、どのベクトルに足しても元のベクトルを変えない特別なベクトルである0が存在する。
x+x'=x'+x=0のように、どのベクトルにも足したら0になるような特別なベクトルが存在する。
α(x+y)=αx+αyのように、2つのベクトルの足し算した結果に数を掛けても、あらかじめ2つのベクトルに数を掛けてその後足し算しても結果が変わらない。
(α+β)x=αx+βxのように、2つの数の和を掛け算する時、あらかじめ2つの数をベクトルに掛けておき、その後掛け算しても結果が変わらない。
(αβ)x=α(βx)のように、2つの数の掛け算した結果をベクトルにかけても、2回に分けて2つの数を1つずつベクトルに掛けても結果が変わらない。
1x=xのように、どのベクトルに掛けても元のベクトルを変えない特別な数である1が存在する。
このような計算規則を満たす物の集まりのことをベクトル空間と呼び、その構成要素のことをベクトルと呼ぶのです。
それでは先ほど紹介した力の表現方法がベクトルになっていることを確かめてみます。
まず、足し算が定義できることを確かめます。
例えば(2,3,4)+(5,4,3)=(7,7,7)になります。
前後左右上下の方向の3つの力の組み合わせは必ずそれに対応する1つの力があるので、これは2つの力を足し算して別の1つの力を作ったことになります。
今計算したのは具体的なベクトルの例ですが、別にこれはどんな数字の組み合わせからできるベクトルでも同じことです。
つまり、力の間には足し算を定義できます。
また、2つの同じ力を足し算してみると、それは元の力を2倍したものになります。
(2,3,5)+(2,3,5)=(4,6,10)になります。
これは、ベクトルの中の全ての数字を2倍したことになります。
つまり(2,3,5)を2倍すると(4,6,10)になるのです。
これは2(2,3,5)=(2×2,2×3,2×5)=(4,6,10)だということです。
あるベクトルの実数倍は、組になっている3つの数字の全てに同じ数を掛け算することに対応します。
2でなくても、3でも4でも同じことです。
このようにすれば、掛け算を定義できます。
では、この足し算と掛け算が上の規則を満たしていることを確認していきます。
全ての計算は代数的に一般の場合を確認するべきなのですが、ここでは具体的な場合だけを計算して成り立っていることを確認します。
どんな数字の組み合わせでも同じことが起こるということが分かれば十分です。
(2,4,5)+(1,7,3)=(3,11,8)で、(1,7,3)+(2,4,5)=(3,11,8)なので、(2,4,5)+(1,7,3)=(1,7,3)+(2,4,5)になります。
よって2つのベクトルの足す順番を変えても結果は変わりません。
(2,4,5)+(1,7,3)+(-4,3,5)を、最初の足し算を先に計算したら(3,11,8)+(-4,3,5)=(-1,14,13)になります。
一方後の足し算を先に計算したら(2,4,5)+(-3,10,8)=(-1,14,13)となって、さっきの結果と同じになります。
よって何度も足し算をする時にどこから計算しても結果は変わりません。
(0,0,0)ならどのベクトルに足しても元のベクトルのままなので、足し算してもベクトルを変えない特別なベクトルはあります。
ちなみにこれをゼロベクトルと呼びます。
あるベクトルに−1を掛けたベクトルを足すと、それは必ずゼロベクトルになります。
例えば(4,-5,1)を-1倍すると-1(4,-5,1)=(-1×4,-1×(-5),-1×1)=(-4,5,-1)になります。
これを元のベクトルに足すと(4,-5,1)+(-4,5,-1)=(0,0,0)になります。
なので、あるベクトルに足してゼロベクトルになる特別なベクトルは存在します。
ちなみに、この特別なベクトルのことを、あるベクトルの逆ベクトルと呼びます。
これは、-1倍するというのは、そのベクトルをゼロベクトルを挟んで反対側に写すという意味があるからです。
ゼロを挟んで逆側にあるベクトルだから、逆ベクトルと呼ぶのです。
2((2,4,5)+(1,7,3))=2(3,11,8)=(6,22,16)ですが、一方2(2,4,5)+2(1,7,3)=(4,8,10)+(2,14,6)=(6,22,16)となります。
つまり、2つのベクトルの足し算した結果に2を掛けても、2を掛けた2つのベクトルを足しても変わりません。
(2+4)(3,5,1)=6(3,5,1)=(18,30,6)ですが、一方2(3,5,1)+4(3,5,1)=(6,10,2)+(12,20,4)=(18,30,6)となります。
つまり、2つの数の和をベクトルに掛けるとき、2つの数を別々にベクトルに掛け、その結果のベクトルを足し算しても結果は変わりません。
(3×7)(5,6,4)=21(5,6,4)=(105,126,84)ですが、一方3(7(5,6,4))=3(35,42,28)=(105,126,84)となります。
つまり2つの数をベクトルに掛けるとき、1つずつ掛けても先に2つの数の積を計算してその結果をベクトルに掛けても結果が変わりません。
これでこの力の表現方法はベクトルの条件を全て満たしていることが分かりました。
このことから、力はベクトルの一種であると言えます。
ベクトルという物は他にいくらでも当てはまる例のある、一般的な概念なのですが、そのような例をもっと沢山紹介するのはまた今度にします。

4.2.3 力のベクトルによる表現

さて、このように力はベクトルであり、ベクトルを数字で表現することができます。
これからは身近にある力を実際に数字で現していきます。
まずは重力を表現します。
重力は前後左右上下で言うと、常に下向きです。
つまり(0,0,-gm)となります。
gmは重力の大きさです。
重力は常に下向きに働くから負の数になります。
これはgという数字とmという数字の掛け算で、gは比例係数で約9.806という数字になります。 本当は単位がついていますが、それは省略しました。
mはkg単位で測る重さです。
つまり、1kgの物には(0,0,-9.806)という力がかかっています。
2kgの物には(0,0,-19.612)という力がかかっています。
これは、2kgの重さを持つ物にはある基準になる力を1として、その19.612倍の力が下向きにかかっているということです。
ある基準になる力が何かというのは、おいおい紹介していきます。
さて、物に重力が働いていても、机の上などに置いてある限りはその物は動き出さずに止まっています。
つまりその重力は机からの垂直抗力によって打ち消されています。
その物には(0,0,-gm)の力が働いているので、それを打ち消す力は(0,0,gm)です。
垂直抗力は物の面にかかっている力に−1を掛けたものになります。
これはあるベクトルを打ち消すには、その逆ベクトルを足せばいいということです。
他にも世の中には摩擦力という力があります。
摩擦力は物を擦った時に抵抗するような力です。
ある物が机の上に置いてあり、それを横から押した時に押し返すような力です。
それは横に押す力を打ち消すような力なので、右から左に物を押したら(0,x,0)というような力になります。
摩擦力の向きは左から右向きです。
さて、物を右から左に押しているとき、どんどん押す力を強くしていけばいつかはその物は横にずれ始めて動き出します。
物を押す力を強くしていくと、それを打ち消す摩擦力もどんどん強くなっていって、やがて摩擦力の限界に達して支えきれなくなり、物は動き出すのです。
実はこの動き出した瞬間に物にかかっている、限界の大きさの摩擦力はその物にかかっている垂直抗力に比例します。
つまり、(0,μgm,0)となります。
同じ物でも、その上に何か重いものを乗せておいたら横から押すのに苦労しますね。
本を一箇所に積み上げたら下の本を引っ張り出すのは大変です。
これは横方向の動きを抑える摩擦力の限界が垂直抗力に比例するからです。
本の生み出せる最大の摩擦力を上回る力で引っ張らないと、本が取り出せないから、大変になるのです。
このように、力をベクトルとして表現することができます。
それではこのように表現された力を足し算してみます。
力を足すということは、1つの物に同時に2つ以上の力をかけるということです。
それでは、机の上においてある物を横から押している状況を考えてみます。
その物には重力、机からの垂直抗力、手で押す力、机からの摩擦力の4つの力がかかっています。
これらの力のかかり方が調度よくて、すべてが打ち消しあっているとします。
そういう場合はよくあります。
机の上の物を横から押して、それでも動かない時はすべての力が打ち消しあっている時です。
打ち消しあっているのだから、これら4つの力の合計は(0,0,0)になります。
まずは重力がかかっているので(0,0,-gm)という力がかかっています。
それを打ち消すための垂直抗力が(0,0,N)かかっているとします。
Nはgmであることは明らかですが、ひとまずは分かっていないものとして考えておきます。
横から手で押す力は、力をかけている人の思うように大きさを変えられるのですが、とりあえず(0,-x,0)としておきます。
右から左に押す力なので数値は負になります。
それを打ち消す摩擦力は(0,f,0)としておきます。
これも、手で押す力を打ち消すのだからfはxであることは明らかですが、ひとまずは分からない数としておきます。
これらをすべて合計すると、(0,0,-gm)+(0,0,N)+(0,-x,0)+(0,f,0)=(0,f-x,N-gm)となり、これが(0,0,0)と等しくなるので、(0,f-x,N-gm)=(0,0,0)となります。
この式が正しくなるためには、f=xでないといけないし、N=gmでないといけません。
そうでないと、合計が0にならないからです。
さて、この右から押す力をどんどん強くしていって、摩擦力が支えきれなくなってその物が動き出したとします。
その瞬間の最大の摩擦力は垂直抗力に比例するので、f=μNとなります。
また、N=gmなので、f=μgmとなります。
さらにx=fなのでx=μgmとなります。
これは、手で押す力の大きさが物の重さに比例する、ということを表しています。
日常の経験で重い物ほど動かしにくいということは誰でも知っていると思います。
その原因がこれです。
重い物ほどそれを支える垂直抗力が大きくなり、摩擦力の最大値は垂直抗力に比例するので間接的に摩擦力は重さに比例するのです。
このように力をベクトルとして扱うことで数学を使った議論ができるようになり、力の性質について様々な発見をしていくことができるようになります。

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